診察が終わると既に慣れた場所となったはたけさんの家へと帰った。任務で帰りが深夜や朝方になるのは珍しくはないとのことでつい最近合鍵となるものを頂いた。そのお陰ではたけさんが任務に出ている間私は食材を買い物したりこうして診察に出掛けることが出来るようになった。
はたけさんとしてはもっと早くから合鍵のことは考えてあったらしいが私が躊躇うだろうと時期を見てくれていたそうだ。記憶がない私は勿論収入もない。
全てのことを任せきりであることが情けない。そしてそれが同時にどうしようもなくありがたくもある。
せめてもと料理はさせてもらっているが、やはりそれだけで居座るわけにも行かず里の中を歩き回って仕事を探していたところをはたけさんに見つかって「無理しないでいいから」眉を下げて宥められてしまった。
結局下手に動くことが迷惑に繋がりそうで断念せざるを得なくなってしまった。

先日食材は多めに買ったので今日は真っ直ぐ家へと帰る。今日の任務は早く終わるとは聞いているけれど流石に料理を作るにもまだ外が明るいので軽くだけ掃除をすることにした。
とは言っても私の物は必要なものだけしかなく、殆どが遣うときだけ荷物の中から取り出して遣うといった形をとっているので掃除をするのははたけさんの身の回りのものだ。
取り敢えずまだ外が明るいので今朝出かけるときに干した洗濯物類はそのままにはたけさんがよく読んでいるらしい書物の辺りから整理を始めることにした。

これが間違いだったのか正解だったのかは私にはよくわからない。けれど、けれど自分の保護の為に言ってしまうけれど私は決してはたけさんを悲しませるつもりなんてなくて、迷惑ばかりをかけてしまっている身だから少しだけでもあなたの役に立てる存在になれればいいと。
だから、


「ごめんなさい」
「…見ちゃったのね」
「…ごめんなさい、っ」
「それは何に対してかな。勝手に俺の日記を見たこと?それとも」
「そのどちらも!…です」
俺に続きを言わせまいというように身体を精一杯縮こめるように正座をしてぎゅっと硬く握った手に力をこめている。
顔は見えない。けど泣いているのはわかった。どのくらい泣いたのか。俺が帰ってくるまでの間も大分泣いていたのだろう。彼女のスカートは元の色が曖昧になるほどに濡れていた。

「俺は別に怒ってないよ」
「そういう問題じゃ、」
「じゃあどういう問題なの?」
はたけさんの声色はやさしい。きっと今回病院で目を覚ましてから今までで一番、やさしい。気遣うようではないけれど私を安心させるように、愛を、感じ取れてしまうくらいに。
それは日記を見てしまったせいなのかもしれない。けれど私が気付かなかっただけで元からそうだったかもしれない。どのみち記憶を亡くしてしまった私にはどうやっても知ることは出来ない。

「…も、もう、大丈夫です」
泣きすぎてもうはっきり届くように話せない。
「なにが?」
「もう、もう…っあなたの時間を私に使わないでっ」


20111003
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