夜はまだ冷える。
そう思いながら忍び込んだベッドの中。窓の外をあの日のように見ていた。
あの日のように慌しい様子はないけれど、任務を終えて火影邸に報告をしに行くのだろう忍の姿はちらほらとあった。かく言うわたしも二時間ほど前に終えた任務の報告を済ませて漸く落ち着いた頃だった。

体中疲れて家に着いたときは既に夜中の1時を回っていて、わたしは秒針の音を遠くで聞きながらすぐさまシャワーを浴びる準備をした。本来ならゆっくりと湯船につかりたいところだけど、睡眠時間が惜しかったし溜めても今日は長く沈んでいたい気分じゃなったので勿体無いというのを優先した。
任務の途中は緊張感や責任をとても感じるから、プライベートなことはふとしたときにしか思い出したりしないけど、こうして急に時間の流れがゆったりとすると心の底に沈んでいた気持ちがふつふつと湧き上がってくる。
「最近、会ってないなぁ」

そうなのだ。テンゾウと付き合えることになった翌日からわたしは任務で外を走り回っていたので、付き合えた当日少し話をしただけで分かれてしまったのだ。本当なら今日帰ってきてからでも会いに行こうかと思っていたのに、予定より大分ずれ込んで任務が終了したのでそうも言ってられなくなった。
会いたいのはやまやまだけど、付き合って翌日から顔を合わせず、二三日経って夜中にお宅訪問は流石にやるべきではない。
上体を起こしたまま目を閉じると勝手に瞼に裏に浮かんでくるテンゾウ。
この会えない状況で浮かんでくるテンゾウが憎い。そして愛しい。

愛とはこんなに面倒で甘美なものだったのか、と思うことが多い。
まだ想いを自覚してからそんなに日日も経っていないのに。一度覚えるととめどなく溢れ出てくるものなんだな。こういう感情は。

息を吐きながら目をあけた。

「…」
「今晩は」

「テンゾウ?」
「うん。なんだい?」
「わたし起きてるよね」
「そうでいてくれないと着た意味が半分はなくなってしまうから困るかな」

「…玄関からくればいいのに」
テンゾウはあの夜わたしがテンゾウを見ていた小窓の縁に片膝をついていた。窓の上のサンを手で掴んで体重を支え、わたしの部屋へは膝をついていない方の足だけが申し訳なさそうに侵入していた。
「焦っていたんだよ」
「なんで?」

「カカシ先輩に呼ばれて飲んできた帰りだったんだけど、帰る途中で君の部屋の窓から外を見ている君を見かけて」
「…うん?」
「君が眠ってしまう前にって、ね」

つまり、わたしに会いたいと思ってきてくれたということなのか。そう、なのか。
テンゾウの焦りの理由を知るとさっきまでわたしの心底を支配しようとしていた寂しがり屋は身を潜め、体温をあげるほどの愛しさと嬉しさが舞い上がってきた。

「テンゾウ」
「うん?」
部屋へ入って、というようにわたしはテンゾウの左頬に手を伸ばした。触れると頬はひやりとしていて、夜風が冷たいことをわたしに教える。

「お酒くさいね。酔っているの?」
「ツバキに酔っているよ。…って言ったら僕らしくないかな」

一瞬、心臓を掴まれた。ぎゅうぎゅうと心臓が唸っているのを感じる。愛しい。このひとが愛しくて仕方ないってか細い音を出して鳴いている。

「 らしくない」
思わずふ、っと息を吐き出すように笑うとテンゾウもそれに反応したように笑った。
「そうだね」

「でも、嬉しい」
「うん」
テンゾウの頬に触れていたわたしの手首をやさしく掴んだテンゾウの冷たい手。
わたしを見るテンゾウの目がテンゾウの後ろに見える夜の空みたいだ。

思いながら、スローモーションのようにベッドへ倒れこんでくるテンゾウの腰に掴まれていない方の腕を回しながらわたしは目を閉じた。

冬の吐息

柔らかく触れるだけのキスをされた。冬の冷たさを含んだテンゾウの唇がわたしに春を運んできたのだ。


20130404