「テンゾウ」
「 なんだい」
駄目だな。最近気配に気付くのが遅くなっている。暗部がこれではいただけないな。

なんて頭のどっかでそんなことを考えながら安心もしていた。百井さんが笑っている。悲しそうな顔をさせてしまったのはもう一週間も前になるのか。気になっていたからどこか胸のつかえが取れたようだ。
「言いたいことが、あるの」
「え」
前回と同様、真っ直ぐこちらを見てくる彼女の目。しかしそれは不安気に揺れているようにも見えた。

「言いたいことって言うのは…」
彼女の薄い唇の隙間から、春がこぼれだして見えた。それはきっと勘違いでも、思い上がりでもなくて、彼女の表情があまりに芽吹きだした感情の整理に追い付いていないような、そんないっぱいいっぱいさが溢れていたから。
ここら辺は酸素が薄いね。





「からかってなんか、なかったんだけどな」
ぼそっと呟いた声は案外、一人きりの部屋に響いた。煙のようにすぐ消えた声は今のわたしを余計に切なくさせる。

今日一日、いろんなことがあった。わざわざ苦手なカカシの家に行ったり。結局この気持ちも曖昧なままでテンゾウに会いにも行った。
それもこうして、切なくなるばかりで。なのになんで切なくなっているのかわからない始末だ。今のわたしのことを誰かに話せばきっと恋だとか愛だとか言われるだろう。わたし自身もそれが一番近いような気はしてる。してるのに、完全にわからないわけじゃない、なのに、それで終わらせてしまえないのだ。恋ならテンゾウの顔を見ればはっきりするんじゃないかと思ってた。だって、こんな風にぐちゃぐちゃ考えてないとき既に顔がみたいと思ったのだから。

あの、夜の走り姿をみたとき既に。
馬鹿みたいだけど、同じものをみてみたいと思った。感じてみたいと。あのひとみに映る、大切なものになりたい。テンゾウの愛というものをしりたいと。





「言いたいことって言うのは…」

「 その先を僕は聞いてあげられない」
「!」
「多分百井さんが言おうとしていることを僕はわかっているけど…百井さんは良いのかい?」
「何、を」

「僕は今の百井さんに応えてあげられない」「…」

テンゾウは、わたしが今言おうとしていたことをわかっているというのか。ならばつまりこの困惑も、膨れ上がるこの想いもわかっているというのか。
それで応えられないということはつまり、わたしは既にふられているということなのだろうか。つまりテンゾウはわたしにふってしまうことになるよ。それでも君はいいのかい?言っても後悔をしないのかい?

そう言っているのだ。


ゆるしてくれないのは貴方



「馬鹿にしないで」


20130329