「テンゾウ」

肩にトンと、手を置かれたのだと理解するのに数秒掛かった。
「なんだ、先輩ですか」
「なんだ、じゃないよ全く」

先輩は呆れたように息をついて隣に腰かけた。そういえば演習場の整備に駆り出されたらしい先輩に付き合わされたんだったなぁ。

「なんかあったわけ?」
「どうしてです?」
「…今日のテンゾウを見てれば誰だって思うよ」
「なにかあったわけでは…」

テンゾウの問い返しに昨日のことが蘇る。
実は、なんて勿体ぶるようなことでもないがツバキがわざわざ俺の家にきたのだ。




「なに急に。珍しいね」
ツバキって俺のこと苦手だと思ってた。家の中までは入る気がないらしく、玄関先で冗談混じりに言ったのだ。
「まぁ得意ではないけど」
少し困惑しながらぼそりと言うツバキに若干肩を落とす。
だよね。知り合って3年。なんだかんだ飲み会でも顔を合わせることも多いのに俺にだけ未だによそよそしいもんね。

「それはカカシが…」
「ん?なーに」

まるで見てはいけないものを見てしまったみたいにこちらを見てくるツバキ。

「…そんな気がなくてもカカシはその気にさせるのが上手だから」
随分と素直にものを言うね。節操がなく見られてるんだろうけどツバキをみているとなんだか悪い気はしないな。

「そんなだから苦手なの」
まるで懐かない猫みたいだ。

「ま、いっか。 カカシはなにがどうなったら‘すき’なんだと認識する?」
「また急だね。恋愛のってこと?」
「恐らく」
「恐らくって」
「曖昧なの。だから聞きに着たの」
経験豊富そうなあなたに。
「俺が豊富なのは恋愛経験じゃあないけどね」

「…」
随分冷めた目だね。ふう、と息を吐きながら言えばツバキは更に重く息を吐いた。
「ありがと。やっぱり直接会いにいってみることにする」
「そう」
「テンゾウに、」


残り香に君の想いを知る

教えてくれるのね。そう言えばツバキは自嘲気味に笑って時間を無駄にさせたお詫びと言って、民家の屋根の上を走って行った。




「なにかあったわけでは…」
そう。特に先輩に話すようななにかがあったわけではなくて、僕が少し間違ってしまったような、そんな気がしているだけだ。




「僕をからかっているつもりかい?」
「…そう、見えた?」

僕の言葉に百井さんが寂しそうに笑ったようにみえたから。

20130326