「どうした?」
イタチの声が脳に直接響いてくるよう。
この感情がなんていう言葉で表わされるものなのかわからないほど幼い年齢ではない。けれど今自分が考えていることは間違っていなければならないのだ。こんな感情のために私は里抜けしたわけではないのだ。
そう、無意識に泣いたのはそれを直ぐに理解したから。
イタチをすきだという感情を知ってはいけなかった。そしてこれからも知らない時と同じようにするべきなのだ。
「なんでもない」
言うのは簡単だ。
「触るな」
嫌われることも簡単だ。でも、

触れられた箇所が熱い

嫌いになることはとても難しい。
「そうか」
イタチの顔を見れない。今はまだ見てしまったら顔に感情が出てしまいそう。せめて明日にもなれば私はこの感情を奥に隠して生きていくことができる。里抜けをするときに捨てたものの大きさを考えれば難しくはない。
ただ、感情の伺えない声色が不安にさせた。嫌われてしまったのではと直ぐに揺らぐ。すきだと気付く前の私なら、鬼鮫と戻った時のイタチを認識した私なら。憎んでいる時の私ならこんなこと気にしなかったしもっと酷いことも。それこそ命を狙うことも気にしなかったのに。
「…さっき見たことを鵜呑みにはしないが理解はした」
イタチから視線が注がれているのがわかる。
唇が震えてしまいそうだ。
「俺を」

「?」
途端口を開いたイタチを見上げる。
「理解したか」
「…イタチ を、?」
「そうだ」
イタチの問いにクエスチョンマークしか浮かんでこない。いきなり何を言うのだろうか。理解しろと言われても知らないことだらけだ。本人も言う気はないだろう。なのに何の話をしているんだこいつは。
「否、していないだろうな」
すんなりと出た言葉は自分に刺さった。
イタチは私の答えに薄く笑んだ。仕方ないと幼い子供を宥めるかのようなそれだった。
手が伸びてくる。

「触る、なっ」
思わず後ずさって手から逃れる。けれども、いとも簡単に逃げた先に手が伸びてくる。腕を掴まれた。
力は強いのに痛くはない。本気で振り払えば逃げれる強さだ。
「嫌なら本気で逃げろ」
「そんなの、」
嫌じゃないから逃げられるわけないとは言えない。
「どうした。触れられたくは無いんだろう?」
ああもう、こいつ嫌だ。なんでこうしていつも逃げ道を作るくせに逃がす気が無いのだろう。それさえ捕まえるための餌じゃないか。
「逃がす気があるなら、放せっ」
「そうだな」

二つの眼が私を見る。瞳に映っている私が見える。
背中がゾクリとした。
「だが生憎俺は逃がす気は無い」


これがぼくの隠し事。だから、きみの愛を教えてよ

「逃げたいならさっさと逃げればいい。だが俺は追うぞ。俺を憎み暁にお前が着た時そう決めた。先刻の謝罪はもう優しく待つ気は無いということだ」
「な、にさっきから。何を言って」
「…」
それが私の最後の攻防だった。
イタチの薄い唇の口角が上がった。
「逃げることでは無く俺を選べと言っている」
私は何も言えずイタチの腕の中に収まったのだ。


20120228