部屋の中、ひとつの呼吸音とひとつの泣き声がする。目を閉じてのんびりとしているように見せている俺の内心は部屋の中妙に俺から距離を取ったところで泣いている名前へと意識の全てが持って行かれている。泣き止めと言うべきか悩んでやめる。
外でしとしとと雨が降っている。それに溶け込むような小さな、控えめな泣き声だ。
五月蝿くならないようにとまた気を遣っているのだろうか。…そんなぎこちない関係ではないのに。
冬の雨はあまりにも体温を奪うから、室内から見ていても寒い気がする。それは、膝に顔を埋めている名前を見てもそうだ。まるで自分が孤独なように泣いている。

「名前」
名前を呼ばれて肩をびくつかせるなんて、俺はそんなに怖い奴だと思われているのか。確かに愛想はあんまないかもしれない。思えば名前が泣いたのも理由がわからなかった。
久しぶりに会ったのは確かだけどメールも電話もそれなりにはしていたし(していたつもりだった)、名前は寂しいも何も言っていなかった。寧ろ俺のほうが名前と会えない日が続いて我慢してたもんだから、淹れてもらったお茶に口をつけて、「寂しかった?」とからかうように聞いただけだ。からかうように言ったのだって、所謂照れ隠しだ。なんのことない質問のつもりだった。

「名前、顔上げろよ」「 や、っ」
名前が動かないのをいいことに俺から近付く。腕を掴んで体を崩させ嫌でも顔が見えるようにした。見えた名前の顔は涙でぐしゃぐしゃになっていた。

「っ」
掴んでいた腕がすり抜けた。決して緩く握っているつもりはなかった。名前はまた俺から逃げるように距離をとる。そんなに一緒に居たくないのかと、苦笑いしか出てこなくなる。
「そんなに俺が怖いのかよ?」
尋ねて返ってくるのは俯いたまま左右に首を振るだけの返事。涙は止まったようだ。けれど目の周りも鼻のてっぺんも赤く染まっている。
「じゃあすきじゃなくなったか?」
その問いには、一瞬間を置いてまたノーが返って来た。今の間はなんだ?怖くも無くて嫌いでもないならこの状況はなんだよ。苛立ちが込み上げる。
「別れるか?」
「そんなっ や、だ」
口から出た苛立ちに、名前は声を荒げた。雨音も掻き消してしまう声だった。語尾が小さく消え行く。顔を上げて直ぐに俯く名前が別れたいから泣いているのではないことを知って身勝手にも安心した。
「…じゃあ、なんで泣くんだよ」
「…図星だったの、」
「は?」

「シカマル、寂しかった?って聞いたじゃない。寂しかったの、ほんとはずっとずっと寂しかった。会いたくて、会いたくて仕方なかった。会えないなら寝る時間を削ってでもメールとか電話をしていたかった」

「…」

今まで一度も寂しいなんて言ってきたことの無い名前の言葉なのか一瞬わからなくなった。なんかあったら言えよと言っていたし、その度に何度だって大丈夫と笑顔を返してきた。じゃああれは強がりだったのか。なんのための強がりだ。

「気づかれてしまったんだって、怖くなった。自分がこう言ってしまう事が、怖かった。言って、シカマルに迷惑っ 迷惑だ、って思われたくなか゛っ、 た」

言い切る前にぼろぼろと大粒の涙が名前の瞳から零れるのを見て、言葉が出なかった。なんて表現すれば一番この感情に似つかわしいのかわからない。ただ、さっきまで感情を支配しようとしていた苛立ちは奥底へと溶けて消え、今はとても暖かく穏やかだ。いとしいなんて柄にもなく思う。∴愛しさのブラックホールこっちを見てる

「来いよ」

お前は俺ので俺はお前のなんだから。


にやり
20110209