7階建てのマンションの6階に住んでいる俺の耳に、ガタンと音が聞こえて、音の方を振り向く俺が見たのは予想通りの光景だった。

俺の部屋のベランダの向こう側からコンコンと大きな窓を笑顔でノックしている幼馴染の名前に俺は溜息を吐いて椅子から立ち上がる。窓の鍵を空けた途端がらりと窓を開けて部屋に入ってきた名前。手には準備良く靴を持ってるもんだから呆れるしかない。

「お前、」
「危なくないよ?」
「誰かが見たら吃驚すんだろ」

にこにこと笑顔を浮かべながら入ってきた名前はぺたんと適当に床に腰を下ろして靴を膝の上に乗せて、そう言う。隣に住む幼馴染であるこいつが5階の俺の部屋に窓から入って来るようになったのは中学に入る少し前。俺と名前が喧嘩したことが原因だった。家に掛かってきた電話に出ず、家に来ても居留守を決め込んでいた俺の部屋のベランダに、直接壁伝いで入ってくるなり、こいつは俺が怒った意味もわかってないくせにボロボロ泣いて謝ってきた。
そのときはそんなこいつに毒気を抜かれて怒る気も失せたし、危ないとかそんな注意をすることもなくただ泣くこいつを宥めるだけだった。でも今思うとやっぱ言えばよかった。
こいつはそれからというもの喧嘩をしていないときでも窓から出入りをするようになったからだ。

でもそれも餓鬼だったから許せた話で、今は俺もこいつも高校を卒業し、成人もした。もうそういう風に簡単に男の部屋に入ったりなんてことはするべきじゃねぇし、大人が壁を伝っているのも危うい光景でしかない。

「餓鬼じゃねぇんだから、いい加減やめとけ」

だんまりをしている名前の前に座って、胡坐を崩しながらそう言うと、名前は罰が悪そうにふいっとそっぽを向いた。気のせいか少し泣きそうに見える。流石に昔みたいに喚きながら泣くことはないか、と記憶の中のこいつと今目の前で泣きそうな表情をしているこいつを比べると、一緒に大人んなってきたつもりでも意外とこいつが女に見えた。
変んねぇままこの年齢になったな、とも思うが。

「シカマルはそんなに大人でいたい?」

結んでいた唇を薄く開いて漸く話し出した名前の声はやっぱり涙声だった。
泣いてはないが目の周りはほんのりと赤い。

「大人でいたいなんて思ったことはねぇよ。でも、なんなきゃいけない年齢に俺らもなったんだ」「シカマルは、昔からしっかりしてるもんね」

何を言いたいのかはわかんねぇが何かを言いたそうにする名前は、それだけ言って立ち上がり振り向き様に小さい長方形の箱を投げつけてきた。箱は綺麗に包装されていた。

「名前、」
「帰る。もう、窓からは来ないから」

シカマルの答えが知りたかった。だから、昔と同じように窓からきた。幼かったあのとき、小さい体、今と比べると短い手足で壁伝いというのはとても大変だったけど、体が成長した今の方が上手く渡れなくて、人目とか気にしている自分もいて、悔しくなった。見栄ばかりが大人じゃないのは自分が一番わかっていたのに、気づけば自分も人目を気にしてすきに動けなくなっていた。
私はシカマルのことがすきだ。それに気づいたのは、些細なことで喧嘩をした、私がまだ中学生にもなる前のことだ。電話を掛けても出てくれない。家に行っても扉を開けてくれない、入れてくれない。
これで私とシカマルはもう仲直りできなくなるんじゃないかと思ったら、途端に怖くなって、危ないとか何も考えず、今日がバレンタインデーだという口実で会えると思って壁伝いでシカマルの部屋にきた。
あの時泣きじゃくる私に「怒って悪りぃ」って言いながら頭をぶっきらぼうに撫でてくれたシカマル。
恥ずかしさと情けなさで顔を上げられなくなった私がずっと泣いていたのは怒られたからでも悲しかったからでもない。
どうしようもなくシカマルのことがすきな自分に気づいてしまったからだ。
あと何年私はシカマルとこうしていられるだろうと考えたら、苦しくなった。

「こどものままではいけないの?」

言葉がただの音になってしまわないように、ぐっと搾り出すように呟いた。シカマルはそんな私にただ一言だけ呟いた。

「俺はお前と一緒に大人になりたいだけだ」

私が投げつけたクッキーを一枚齧りながら。


へそ
20110215