「浮気はされて当たり前だと思わなきゃやってられないよね」
床に腰を下ろして1人で将棋打っている俺に背を向けて宙を見ていた名前が独り言のように呟いた。
俺が居る部屋で言う科白かよと思うが、きっとなんかの時に出た会話でも思い出しての独り言だろうと1人合点をして手に取っていた駒を進めた。
が、駒を置いたパチンという小さな音がなって直ぐ、名前はくるりとこちらを向いて、将棋盤に視線を落としながら再び呟いた。
「男は浮気をするって前提で結婚しないと後から辛いよね、やっぱり」
それはやっぱり俺に何かを言えと言いたそうでもなく、俺に向けての言葉でもなかったが、将棋盤に集中していた俺の意識をそちらに持っていく分には充分な言葉だった。悪態を吐くならばそれは喧嘩を売っている科白だとも取れた言葉だったからかもしれない。

次の駒を選んで動かして大将を取るための有効な先を幾らか考えながら別の所で名前の言葉を考える。
こいつは誰の会話を思い出してんなこと言ってんだとか、結婚してる同期はいねぇよな、とかそれじゃお前と付き合ってる俺は最初から浮気を疑われるようじゃねぇか、とか。そんな俺らしくもないごちゃごちゃした考えをしていたのが間違いだったのか。
「お前以外は女に見えてねぇから安心しとけ」

「え、…今、なんて?」
あ、としか言えない

やっちまった。


すこやか
20110301