汗をかいたグラスを傾けて氷で薄まった少量のアルコールを一気に飲み干す。
溶けて小さくなった氷が唇に触れてひんやりとした。グラスの汗が滴ってグラスの底と同じ円を描いて濡れていたテーブルに再びグラスを置くと、グラスの中の氷が底に滑ってカランと音を立てた。

「顔赤いけど大丈夫?」
「平気。 で、どうなったの彼女とは」
「別れたよ」「ふーん」カウンターに座っている私の隣で肘を着きながらグラスに視線を落としているカカシを視界の端で見ながら私がそう尋ねると、カカシは何を考えているのかわからないような胡散臭い笑顔を浮かべていた。

「俺のことすきじゃなくなったんだってさ」
カウンターに肘を着いている右手を崩し、いつものしまりの無い笑顔とは違って、悔しくも私が欲情してしまうような色気を醸し出す表情に変わったカカシの目をつい見てしまう。
けれども私とカカシはアカデミー時代から腐れ縁が続いているだけなのでそんな素振りを見せることもなく私は、グラスの中で溶けてく氷に視線を落としながら呟く。

「 カカシは、優しすぎたんだよ」
全ての女の子に。という本音を隠して言う。決して嫌味を言っているつもりはない。実際カカシはアカデミー時代から女の子という女の子にやさしかった。それは体型がどうだとか顔がどうだとか年齢も関係なく、すべての女の子にやさしかった。時にはそのやさしさのせいで彼女だと勘違いしてしまった女の子がカカシの前で泣いているのを見たこともあるし、次の日には別の女の子と並んでいるなんてこともよくある話だった。どれも本当の優しさではないというのに、それに気づけないほど彼という忍は自分を作ることに長けていた。

「別に優しいつもりなんてないけどね」
「カカシが優しくなかったらただの悪い男だよ」
グラスから視線を上げると店員と目が合った。私はもう一つお願いとだけ言ってカカシの方を見た。カカシは三分の一ほど酒の入っているグラスを見つめている。ここで普通なら私の言葉が何かよくない風に捕らえられてしまったんではないかと気にするのかもしれないけど、生憎私とカカシはセックスをするような関係でもなければ手を繋いだり唇を求め合うような甘い関係でもない。大体カカシもいちいち私の口からでる言葉を気にするような奴ではないのだ。
ではなんでそんなに女の子と常に一緒なのだろうかと疑問に思って尋ねたことが合った。あれは屋根や里から少し外れたところで寝ていた私と、カカシの修行場所が同じだったことがきっかけで話すようになったときだった。
まだ夏の少し前だった頃だったか。
色気もなんもなく二人屋上に寝そべって白い雲を見て尋ねた。カカシはただ一言、「寄ってくるから」とだけ言った。
嫌いじゃないし、すきじゃないとは言わないけど断る理由はないんだとか。
それは別にカカシ自身が望んでそうなったことでもないので、キスをしてもセックスをしてもその相手は彼女でもなければ、彼女にするつもりもないのだとか。

それを聞いたときはただの悪い男なのかと思ったが、私の思考は不思議にも可笑しな完結を迎えた。
カカシは、優しいのだと。断ると悲しそうな顔をする。泣きそうな顔をされる。そして自分は特に嫌だとも思わないから断らない。だからあの日、勘の鋭いのであろうカカシは、何も言わずふわっと触れるだけのキスを私に落としたのだ。
私がカカシをすきなのだということに気がついて。

「名前は俺にそういうのあんまり気にしないのね」
「…何か言ってほしいわけ?」
「否。女の子は可愛いと思うけど、名前はそれだけじゃないから結構すきよ」
いつの間にか目の前に置かれていた新しいグラスに手を伸ばして口をつけてこくんと喉を鳴らして飲みながらカカシを何気なく見ていると、そんなことをカカシが言うもんだから、馬鹿みたいに意識をしてしまった。やわらかく笑って伏目がちでグラスを手にしたカカシは、やっぱり女の子にすかれる男だと、何度目かの確信をした。

沢山の可愛い女の子。そしてその女の子たちがカカシに近づき、泣き、去っていく。たまには怒ってカカシの顔を叩こうとしてやめて去っていくのを何度となく見てきた。それでも私は結局目の前のこの、優しい男がすきなのだ。
胸の辺りが妬けた気がした。何かが腹のそこでぐるぐると蠢き感情をかき回しているような気持ち悪い感覚と、伏せ目がちだったのから流れるように私を見て薄く笑うカカシを見てどくんと心臓が焦がれる感覚が私の脳を支配した。
グラスを持つ手に力が入らなくなって、カカシに視線を合わせたまま静かに音もなくカウンターにグラスを置く。瞬きをするカカシの睫が、長い。そう認識したときにはカカシが飲んでいたウォッカ、そしてカカシの香りが私の鼻を掠めた。音もなく顔布が下ろされ端正な口元が露になる。
一瞬触れて何事もなかったかのように離れた唇。グラスの中のアルコールがなくなったのか顔布を元に戻すカカシを見ながら私はバクバク鳴っている心臓に気づかないフリをした。
カウンターに置いたグラスを掴んでアルコールを一気に喉に流し込んだ。

きっとあなたの口づけはあの時と寸分変わらずにがいのでしょう

カカシに焦がれて群れる女の子たちの中に入ればよかったのだろうかという感情が、未だに消えない。


へそ
20110209