02.What's the matter?
「なぜ読まない。やはり体調がすぐれないのか」
「あ、いや……。俺、字、読めないから。――これ、面白い?」
困ったように告げられた言葉を、四葉は理解ができなかった。
字が読めない。
この年齢にもなって?
文盲なんて、物語の中だけだと思っていた四葉が、耕造にからかわれたわけではないと気がつくのに数分を要した。
そんな四葉を見て、耕造は自嘲めいた笑みを浮かべた。
「お前さ、たちわりぃ」
「え」
「冬の都の自警団見習いにするなんて。あっさり死なせないっていう護衛の言葉は本当なんだな」
護衛がそんなことを。
いったい何を考えているのか。
しかし、すぐに護衛のことを頭から追い出した四葉は頷いた。
「ああ。きみはこの私に刃を向けた。償ってもらわねばならない」
「で、何。俺はお前の夜伽兼自警団見習いなわけ」
耕造の自暴自棄な声音に、口端があがる。
「そうだな」
ひくりと耕造の体が固まる。
「まずは、文字を覚えろ。話はそれからだ。期限は、一ヶ月」
大きく見開かれた耕造の瞳。
四葉自身が映っていることを確認するためには、もっと近づかなければならない。
なぜこんなことを言ったか、本当は心の底で気づいている。
思い出したくない、けれど大切な思い出が蘇りそうで四葉は小さく息を吐く。
「とりあえず、その本を返してくれ。まだ、読み終わってないんだ」
耕造は動かない。仕方なく、四葉は白み始めた空を見上げた。
「俺が、文字を?」
やがて耕造の口から零れ落ちた言葉は、戸惑いと僅かな歓喜が入り乱れている。
「そう。私が教える。もちろん昼は自警団見習いとして体を鍛えてもらう」
「筋肉モリモリが好み?」
馬鹿馬鹿しくて返事を避けると、耕造が「マジで……」と呟いたのが聞こえた。
「寝ろ」
きみは床で。
言おうと思っていた台詞はなぜが喉の奥に留まり、代わりに構造から本を取りあげた。
とん、と耕造の肩を押し、その体が寝台に沈むのを見て四葉も隣に寝転がる。
これから毎晩、耕造に字を教える。
この物語を読み終えるのは随分と先になるだろう。
胸に抱いた本は、ずしりと重かった。