For Good | ナノ

04.Last concert

しおり一覧

「いつか、後悔する」
 この想いが正確に彼女に伝わることはないと思う。
「私は、恭介が好きだよ。ずっと一緒に、歳を取っていきたい」
 ぐっと唇を引き結んだ彼女が、掠れた声で言う。
「ありがとう、梓紗ちゃん」
「でもさ、ずるいよ恭介」
「うん、わかってる」
「なのに、好きなんだよ」
 言葉が見つからない。
 昔ほど彼を愛しているかと問われたら、恭介は返答に迷う。
 だからといって彼から逃げたいとは思わないし、その手段として梓紗を使う気もない。
 恭介の母親が刃物を持ってきたのは、梓紗の両親に何かを言われたからであり、恭介と梓紗が別れたら何も問題はないはずだ。
 本当に?
「俺は、水商売をして」
「ん」
「今は無職で」
「知ってる」
「梓紗ちゃんとは正反対の生き方をしてる。堕ちるところまで堕ちたんだよ」
「わかってる」
 思わず、笑みが零れた。
「ご両親は反対するだろうね」
「関係ない」
「それが子どもの理屈だってわかってる?」
「……一応。だけど、親が結婚するわけじゃない。私が、結婚するの」
「だけど、親に育ててもらったんだよ。梓紗ちゃんも、俺も」
「そんなに私のことが嫌いなの。まどろっこしいよ」
「梓紗ちゃんのことは」
 嫌いだと言えばすぐに片付くことはわかっている。なのに、言えない。
「恭介」
 よく思われたいなんていう想いが自分に残っているだなんて、思わなかった。
「後悔、するよ」
「いいよ、別に」
 兄に似ている瞳をゆるりと細め、梓紗は確かに笑った。


*前次#

back
MainTop

しおりを挟む
[71/79]


- ナノ -