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02.Lost memory

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「恭介。俺は病院に行ったか?」
「うん……。一緒に……」
「夢の中のことだと思ってた。あれは現実なのか」
 自身に言い聞かせるように彼が言う。
「じゃあ、全部夢としてなんとなく憶えてるんじゃない?」
「いや。途切れ途切れだ。だって、葵と薫が俺を階段から蹴落とそうとするような馬鹿な真似をするはずがない」
 子育てに関してある一定の自信を持っている彼に言えるはずがない。
 あれは現実だよ、と心の中でこそっと呟き、恭介は首を振って緑茶に口をつける。
「ねえ、明日病院から帰ったらさ、あれが食べたいな。きみの作ったチーズケーキ」
「別に構わないが。どうした、急に」
「久し振りに甘いものが欲しくなったんだよ」
 ふうん、と呟いた彼に抱き締められる。
 やっぱり、今の彼がいいに決まっている。

*****

 朝、目が覚めると隣のベッドは空だった。
 珍しいこともあるものだ、と思い時計を見ると午前4時23分。中途半端な時間であることに首を傾げると、ケータイが鳴っていることに気がついた。
 原因はこれか、と相手を確認すれば彼の実家。
「はい、樋山です。お待たせしました」
『真司の母です。あの――落ちついて聞いてほしいんだけど』
 妙に冷めた自分に恭介は呆れた。
 通話を切り、子どもたちを叩き起こす。
 寝ぼけ眼の3人を車の後部座席に放り込み、ランドセルと制服を適当に詰め込んだ。
 保険証、着替え。朝ご飯は向こうで準備してもらおう。
 彼のお母さまの縋るような声が耳に蘇る。
『シンが帰ってきてるけど、記憶がないの。――レイが押さえてる。樋山くん、お願い』
 きみはいったい、何から逃げているんだい。


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