02.Lost memory
押さえつける手に躊躇いはなく、もしそのときが来ても彼は決して緩めないだろう。
恭介は絶対に抵抗するつもりだ。彼を殺人犯にする気はない。
「記憶がなかったこと、憶えてないの?」
「今日の始まりはお前がいきなり告白してきたところからだな」
恐らく痕になっているそこを彼の手が慎重になぞっている。
恭介は溜め息を吐いた。
「明日、病院、行こうか」
「ああ」
彼の瞳が細くなる。
「恭介、ついてきてくれ」
「もちろんだよ」
歳を取るといろんなものを得ていろんなものを無くす。
だけど、俺、本当に思うよ。
きみがすみれちゃんと出会ってよかったって。
*****
「恭介、今いい?」
なかなか寝付けず、リビングで紅茶を淹れていると葵が寄ってきた。
「ええ。葵くんも飲みますか」
「ん。お願いします」
盆を出し、ふたりぶんのコップをソファの前のローテーブルに運んでくれる葵の後ろ姿が少しだけ彼に似てる気がした。
「あの……。さっきは、ごめんなさい」
素直に謝る性格は好ましいが、今回は簡単に許す気はない。彼が憶えていないからよかったものの、あれを普段の彼に言っていたらどうなったことか恭介は想像もつかない。
「おや。さっきとはどれを指すのでしょう」
コップを揺らし、ソファに深く腰掛けると葵は恨めしそうに恭介を睨む。
「本当に嫌な性格」
「すみませんね。歳を取ると忘れっぽくて」
「まだ38じゃん」
「もう、ですよ」
「……卒業式に来てって我儘言ったこと。お母さんのことを悪く言ったこと。恭介がお父さんを守ろうとしているのに、あの、あれを言ったこと――。ごめんなさい」