02.Lost memory
「緒方、ごめん。――みんなも」
恭介が泣き止み、3人を振り返ると、葵がまだショックを受けた顔をしていた。
「葵くん」
「緒方って、今……」
「俺がそう呼べと言った」
牽制するように彼が言うと葵がむっとしたように「なんだよそれ」と言い返す。
またしても火花が散りそうな様子に頭痛を憶えていると、茜が葵を引き寄せた。
「夕食にしましょうか」
恭介がいうと、4人は渋々頷いた。
静かで居心地の悪い夕食の後、紅茶を淹れた恭介はソファに向かい合わせで全員を座らせた。
「今日、病院に行ってきました。脳に異常はないそうです。原因は不明。真司は仕事に関することも忘れているので、しばらくお休みします。その後、退職かどうかを決めます。あと、どう転んだとしてもお金の心配はいらないから安心してください」
「俺たちの卒業式は?」
葵が無表情のまま訊ねる。
そうだ、それがあった。ひと月もこの状態とは思いたくないが、万一もある。
「もちろん、真司が行くよ」
「俺は恭介に来てほしいの!」
「葵くん、わかってください。私は部外者なんです」
家事をしない彼も授業参観や個人面談などの行事は必ず参加していた。
対照的に恭介は学校側へまったくその存在を悟らせなかったはずだ。
「俺は恭介がいい」
今日の葵はいやに粘る。
困り果てて茜を見ると、茜も肩を竦め「私も恭ちゃんがいい」と嬉しそうに言った。
「うーあー……。だめ、絶対だめ!」
「別にいいんじゃないか」
控えめに口を挟んだ彼をひと睨みで黙らせ、最後の頼みの綱である薫は「子どもに訊かないで」と言って紅茶を啜った。
「俺は本人の意思を尊重すべきだと思うが」
記憶を失う前の彼なら絶対に言わない台詞を彼が言っている。良くも悪くも発想が高校生だ。
「あのね、緒方。これからも葵くんたちは学校に行くんだ。生活していかなければならない。母親の従兄が同居だなんておかしいでしょ」