05.主不在
高校三年生の七月。受験生としての自覚と共にでてきた焦りを宥めるために恭介は図書室にいた。
ほどほどの人数の生徒たちが、ひとりで、あるいは友人を連れて本を手にしている光景は恭介の望んだものだった。
小説スペースに足を運ぶが、そこに上履きがないのを見て落胆してしまう。
奥を除いてもやはり真司はいなくて、恭介はかつてふたりだけだった場所へ腰を下ろす。
学園祭準備、予餞会、体育祭準備に執行部の引退式。公の彼を間近で見てきた。
ずっと『真司と』口をきいていない。
恭介の前には、生徒会長しかいなかった。
真司を失ったことに後悔はしていない。
多少自惚れてもいいならば、彼は、ここを恭介と彼だけの場所にしたかった。
恭介は、ここをみんなに返したかった。
かつて自分たちにとって愛しい場所であったここが、みんなにとって居心地のいい場所であってほしいと今も願っている。
「このまま、卒業かなあ」
卒業式の日に印をつけてあるカレンダーが教室の片隅に置かれた日から、口を突くようになった泣き言。
今でも彼が好きだ。
文系理系に校舎がわかれていてよかった。
どちらの精神状態も悪くなったに違いない。
人で満たされた図書室は心が安らぐ。
肝心な想いを無視して、カーペットに寝転がると連日の無理が祟ったのか眠りに落ちてしまった。
***
図書室が賑わうようになった直後だ。
真面目であることに反発したい生徒たちが図書室を荒らすようになった。
床に投げ出されたハードカバー、表紙の折れ曲がった文庫本。
騒ぎを聞きつけた恭介を唖然とさせたのは無体な扱いを受けた本たちではなかった。
後ろ手で手をまとめられ、肩を床に押し付けられた生徒と、それを青くなって見つめる数人。
更にはそれを取り囲む明らかに野次馬とわかる生徒たち。
押さえつけている生徒は口元に愉しげな笑みを浮かべていた。
「お前っ、生徒会長だろっ! こんなことしていいと思ってんのかよっ!」
「本を滅茶苦茶にした奴に言われたくないない。人間の体は治るが、本は治らない。さあ、どうしてくれる?」
まだなにやら喚く生徒の声にはっとした。脳のどこかが、あれを真司だと受け入れないようにしている。
耳を覆いたくなるような悲鳴、このままでは真司が犯罪者になってしまう。
「――『何のために我慢したと思ってる』」
近寄り、彼の耳元で囁いたら途端に不愉快そうな表情になった。
体重のかけ方を変えたのだろう、さすがあの兄にしてこの弟ありと言いたくなるような喧嘩慣れしている様子に荒らした生徒に少しだけ同情した。