01.図書委員の日常
在室ノートに書かれていたのは昼。
授業開始後、すぐ。
じゃあ、暴行を受けたのはその前で、でも教室に戻るときは緒方と一緒だったから、緒方が図書室へ行き、樋山が来るまでのほんのわずかな時間。
そこまで考えて背筋が寒くなっていくのを感じた。
彼は昼ごはんを食べない。樋山が食べる時間は20分くらい。
それから30分を図書室で一緒に過ごし、教室へ戻る。
もしかして、監視していると思われた?
逃げ出さないように。誰かに助けを求めないように。
「――緒方っ!」
どんっと床に拳を叩きつける。
カーペットが敷いてあっても痛いものは痛い。
それでも構わなかった。
彼が受けた痛みに比べればきっとこんなのは痛くない。
人の体を蹴りあげるとしたら、叩くとしたら、人には見えない場所。大人に気づかれない場所。
だからといって、ずっと一緒にいた樋山が気づかないというのはあんまりで。
もし樋山がぐるだと言われても、彼は納得しただろう。
知ってて見ないふりして監視しているのだと仮定すれば、樋山が緒方の様子に言及しなくても不思議ではない。
これから、どうする。
教師に助けを求めるのは論外だ。助長する。
ずっと、緒方の傍にいたい。
――傍に。
何かが頭の中で閃いた。
一か八かだ。
樋山は緒方が好きなのだ。
なんの問題もない。
「ごめん、みんな」
口に出して幼馴染へそっと謝罪を呟く。
人をいじめることが宴となる最悪の世界へ、飛び込んでいこうではないか。
口端が上がる。2日ぶりに楽しい気分だ。
決意が揺らぐ前に帰宅した。
家に帰ったら幼馴染たちからのメールがすごいことになっているだろうと覚悟していたけれどなにもなくてほっとするような寂しいような。
眠りに落ちる直前思い描いた彼の表情はなんとも寂しそうで、胸が締め付けられたまま眠った。
***
「おはよう、緒方」
2Cの教室、彼の席へそっとくちづけを落とす。朝一番で登校し教卓の座席表で彼の席を確認し、迷わずその席に座りこんだ。
彼の登校をわくわくしながら待っていた。途中、樋山の友人たちももちろん登校してきた。
「あれ? 珍しいね」
「ん。友達待ってんの。緒方をね」
「へえ……」
他愛ない会話で表情を探ってみてもなんの動揺も見られない。
思いすごしかと樋山は少し自分を疑った。思いすごしであればいい。いじめなんてないにこしたことはないのだから。
教室の扉が開くたび、期待するが彼は現れない。亮介は一瞬呆れた顔をし、寛樹はあからさまに眉間に皺を寄せた。
「おはよう」
臆面もなく笑顔で言ったら無視された。
気にならないと言ったら嘘になる。けれど今の樋山にとっては緒方に会うことの方が大切で、ずっと教室の時計を眺めていた。
八時二十八分。
朝礼開始が三十分から。そろそろ教室に戻らないと校内にいても樋山は欠席扱いになってしまう。
昨日午前中の授業を殆ど休んでしまったから今日の遅刻扱いはまずい。
しぶしぶ2Aへ戻ろうとして、未練がましく彼の机と幼馴染たちを見遣る。
樋山の切ない想いを受け止めてくれたのは机だけだった。
教室へ戻ると何か言いたげな瑞樹が教卓からこちらを見下ろしていて、その瞳が泣きそうに歪められているのに気づかないふりをしてクラスメイトたちの輪の中に飛び込んだ。
「おっはよ恭介」
「どこ行ってたの?」
「んー? 2Cにいた。緒方探してたんだけど、いなくてさ」
「図書室じゃないのー?」
「朝は開いてないんだよ」
「はい、出欠とるよー! 席に着いてー!」
遮るように瑞樹の声が飛ぶ。そちらへ目をやっても視線が交わることはない、わかっていたけれど溜め息が出そうだ。
「青木!」
「はーい」
「赤坂!」
「はいはい」
慌ただしく席に着き、出席番号順に呼ばれる名前をぼんやり聞いていた。
「樋山! ――樋山! 恭介、聞いてる!?」
「っ、はい」
苛立たしげに呼ばれた名に、考えなくていいことを考えてしまった。