02.紙を捲る音
いつも誰もいないという突っ込みを胸に秘めつつ、ふたりで春休み開放期間の図書室へと向かった。
まだ肌寒い季節、読書に夢中の彼へ少しいたずらするつもりで押し倒したら、自分が床に転がっていたという話。
一瞬のことでなにが起こったかわからなかった。
彼はといえば何事もなかったかのように読書を続けていて白昼夢でも見た気分。
「あの、さ、真司?」
読書中の彼に話しかけても無駄なことはわかっていたので帰り道、彼に訊ねてみることにした。
「なんだ」
「俺、そのー、真司を押し倒した、よね?」
一瞬の間、彼がこっくり頷いた。よかったあれは現実だ。
それならなおのこと、気になる。
「なんで俺が床に転がってたの?」
「……人間、知らなくていいこともあるんだ」
滅多に見られない微笑と共になんだか怖いことを言われて全然嬉しくない。
結局それ以上訊く気になれず、恭介の中ではやっぱり白昼夢ということになっている。
***
木瀬和輝に呼び出されて中庭に行ったら緒方怜司までいてうんざりした。
そんな恭介の心中など察しようともしない先輩コンビは呑気に欠伸をしている。
三人以外は誰もいない空間と校庭の間には見えない壁があるようで、喧騒はどこか遠くに聞こえる。
「ここ、穴場なのにね。もったいないよね」
ひとりごとのように呟いた木瀬を怜司も恭介も無視した。
「君、真司くんの夢を聞いたことある?」
憎い相手から最愛の人の名を聞いて腹が立つが、何を言っても無駄なので唇を弾き結ぶ。
無言を肯定と受け取ったらしい木瀬は満足そうに頷いた。
一挙手一投足がいちいち頭に来るが、放課後、時間は残念ながらたっぷりある。
「受験生のくせにこんなところで油売ってていいんですか?」
「ああ、心配してくれてるの? ありがとう」
ここまで心が籠ってない礼はいっそ天晴れで、恭介は息を吐いた。
「なんのためかは聞いた?」
怜司の視線を感じたので首を横に振ると鼻で笑われた。
「君、好きな者に執着するタイプに見えたんだけどね」
「何をおっしゃりたいか、さっぱり」
「わからなくていいよ。わかるはずがないもの。今の樋山くんにはね」