知人と言い張るきみ | ナノ

01.突然の訪問

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 大学が終わりアパートの階段を上ったときまでは心地よい疲労感に包まれていたのに自宅の扉の前に男が佇んでいるのを見つけたときは心臓が跳ねあがった。

 こういうとき一人暮らしは嫌だ。親は遠くにいるし隣近所は殆ど水商売のお姉さんたちだからあてにはできない。男は両手に白いビニール袋を提げている。

 大学の友人を呼ぼうかとも思ったが待っている間に事件に巻き込まれるかもしれない。

 ケータイで写真を撮り警察に通報しようとしたとき男が振り返った。


「遅い」


 ああ気づかれた。せめて顔だけでも憶えようと男の顔を見る。

 自分と同じくらいの身長、黒目黒髪、不機嫌そうな声と表情、なのに妙にいたずらっぽく輝く目。


「――秋一!」
「遅い。中に入れろ。手が痺れた」


 高校時代の友人は更に不機嫌そうに目を細めると吐き捨てた。


「ああもう来てくれるなら事前に連絡くれればいいのに!」
「思い立ったが吉日」
「帰ってこなかったらどうするつもりだったの!」
「帰ってくるまで待つだけだ。早く中に入れろ」
「ごめんごめん。散らかってるけど」
「お邪魔します」


 律義に断り部屋に上がる秋一を見てもまだ現実じゃない気がする。冷蔵庫を開けお茶とジュースのどちらがいいか迷っていると顔の横に白いビニール袋が差しだされた。


「岸本。食材だ」
「あ、ありがとう。てことは泊っていく?」
「迷惑でないならば」
「全然構わないけど。どうしたの」
「岸本に会いたくなったから」


 真っ直ぐに見つめられさらりと言う秋一に思考が固まりかけたがそういえばこんな奴だったと諦めに近い気持ちになる。


「そういえば岸本」
「ん?」
「僕はここで待っているから」
「え?」
「片付けたいものがあるなら片付けてこい。キッチンからはどの部屋も見えないから今のうちに」

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