「待て、それはする人がいないからだ馬鹿!」
腕を掴み怒鳴ると、草場は大人しくなった。
「あのね、草場」
「ん?」
「君、人生で100回恋するんでしょ?」
「そうだよ」
「で、俺がひとりめ」
「うんうん」
「1年に10回恋しないと、30歳までに結婚できないよ?」
「ひとり1ヶ月ちょいってこと?」
「そう。しかも、ひとりめのために整形をして、残りの99人はどうするの」
「それもそうだな」
廊下の片隅でひそひそと交わされる会話。
「つまり、暁は面食いってことだよな」
「違う!」
「なになに、面白い話か?」
ふいに後ろから抱きこまれた。倉木だ。
「いや、あまり面白くないよ。なんで?」
「遅いからお前の恋人が迎えに行けってさー」
答えになっていない。
どうでもよさそうに聞こえるが、心配しているようにも聞こえる。
「恋人、ね。緒方は誰とでもキスするぜ?」
「あー、聞いた聞いた。お前も馬鹿だなあ」
忌々しそうに言う草場に手をひらひらと振って答える倉木。
軽いよ、倉木。っていうか。
「もう学年中、その話で持ち切り」
にやりと愉しそうに笑って言う倉木に殺意が湧いた。
いや、それよりも。
樋山に俺が殺される。
社会的に、抹殺されてしまう!
「草場、俺はちゃんと順番を待ってるんだ」
倉木が名賀を抱き締める腕に力を込める。
「こいつが緒方の恋人であるかどうかなんて関係ない。緒方の茶番に付き合ってやっている、そのことが問題なんだよ。俺は、暁のその意思を尊重したい」
この2ヶ月で男に好かれる耐性がついた名賀の心が痛みを訴える。
草場はあからさまな敵意を倉木に向けている、が。
「俺は暁を愛してるよ」
欲の滲んだ倉木の言葉。
――嘘だと見抜けたのはきっと、名賀だけだ。
*****
家に帰ると真朝の部屋に連れ去られた。
「体よく断る方法、わかったよ」
「え、何?」
「“まずはお友達から始めましょう”」