扉を閉めた直後に来た中学総務の志藤がふざけたことを言いながら頭を下げる。
後輩たちの前では名賀と緒方は付き合っていることになっているので、反論ができない。名賀には緒方の我儘に付き合う義理はないはずだが、根が優しい名賀はそのことに気がつかない。
挨拶を返し、時間潰しに志藤に話を振る。
「志藤、お前は樋山をどう思う?」
「かわいい」
「いや、そうじゃなくて……」
どこかずれている後輩に対してどう説明しようか悩んでいると、名賀より頭一つ分大きい志藤が顔を覗きこんでくる。
「ただのロクデナシってことですか?」
「あ、やっぱりそう思う?」
「だって、振られて“はいそうですか”ってあっさり引き下がるなんておかしいですよ」
そう、そこなのだ。
緒方の「暁を好きになった」と親しい者であれば嘘とわかる嘘を信じてしまったのか。
それとも、白々しい嘘まで吐いて自分と別れたがっていると思い込んだのか。
「緒方先輩もすぐに名賀先輩に乗り換えちゃったですし」
「まあ俺、魅力的だし」
「……本当に残念な性格をしていますね、先輩」
「冗談だよ気づけ馬鹿」
若干引いた目で名賀を見る後輩を睨むと内側から扉が開き樋山が顔を出した。
「お待たせ」
「いや」
樋山が緒方のことを今でもとても大切に想っていることはわかる。
その逆も。
なのに肝心の本人たちが気づいていない。
緒方と付き合っていることになっている名賀も、樋山から敵意を向けられたことはない。
「樋山、今でも緒方のこと、好き?」
「好きだよ。親友だもん」
淀みなく返ってくる答えが守るのは樋山自身か、それとも緒方か。
じっと樋山を見つめていると、志藤がすたすたと先に中に入って扉を閉めてしまった。
廊下に樋山とふたり取り残される。
「今、緒方と付き合ってるのは名賀でしょう。大丈夫だよ、彼は誠実だもん」
「樋山を振ったのは俺と付き合い始めてからだったのに?」
「人間、何事も絶対はないからね」
にっこりと笑った樋山は天使のように他人事に無関心だった。
*****
草場に告白されて1ヶ月が過ぎた。
真朝と草場の言葉を信じるなら、恋されているのは1ヶ月と少しだ。
「暁、愛しているよ」
毎朝告げられる愛の言葉にも感覚が麻痺してきた。最初は眉間に皺を寄せていたものの、次第にそれすらも面倒臭くなってきた。
草場と名賀、緒方は中3から同じクラスだ。
中高一貫のため、どのクラスメイトも多少なりとも同級生たちのことを知っている。それなりに仲の良かった同級生たちは遠巻きに名賀と草場を見るようになってしまった。
ちなみに緒方は中1のときから浮いていたので除外する。
緒方に「仮初とはいえ恋人だろう。なんとかしろ」と迫っても「お前が浮気する人間ではないと知っているから大丈夫だ」なんてよくわからない台詞を吐かれて終いには「生徒会活動に支障がないから問題ない」って、どれほどの精神力で押さえこんでると思ってるんだあいつは!
2週間はあっという間に過ぎた。
しかし草場は愛を伝え続ける。
更に2週間が過ぎた。つまり2ヶ月が経過したのに、草場は名賀へ愛を叫び続ける。
とうとう緒方が動いた。
生徒会活動に支障が出ているらしい。
「あのな、悠太。今、暁は俺と付き合ってんの。俺の恋人なの。人の物を盗るな」
「だってそれ、樋山を諦めさせるための嘘でしょ」
緒方の表情が強張った気がした。
草場は冷めた目をしている。
「付き合ってんなら、今ここでキスしてみせてよ」
「……人前でむやみやたらにそんなことをするものではないが」
「へーえ、できないんだ?」
わかりやすい挑発。緒方が片眉を上げた。
「暁、悠太、こっちに来い。しっかりと見せてやる。――今、ここでキスすればいいんだな?」
今一度確認する緒方に、草場は挑発的に頷いた。