いつかあなたに恋をする | ナノ

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 自分自身の考えすら把握できないのだ。他人の思考なんて考えるだけ無駄、と結論付けた名賀は机に右頬をぺたりとくっつける。
 すると、珍しそうに名賀を見る緒方と目が合う。

「ほんっとやる気ねえなあ」
「そうだよ。普段、頑張っているからね」
「そのナルシストっぷり、悠太とうまくいくかもしれないぞ?」
「……あのね、俺は君たちが見てないところのフォローに忙しいの」
「知ってる。ありがとう、暁」

 綺麗な顔でにこりと微笑まれると、緒方を見慣れている名賀も心が動く。
「名賀と付き合っている」と緒方が彼の恋人に告げたときの、彼の恋人の表情を思い出す。
 ――お互い、好きなくせに。

 心の中で毒づき、名賀は内心の読めない笑みを浮かべる。

「俺が草場を好きになったら、緒方は俺を解放してくれるの?」
「当然だ」
「次の生贄は?」
「んー……。倉木?」
「あははっ、いいねえ」
「ぜんっぜん笑えねえんだけど」

 疲れを滲ませた声がふたりの後ろから掛けられる。
 首だけ動かすまでもなく、ふたりの向かいの机に高校総務の倉木が腰かけた。

「お行儀悪いよ、倉木」
「ふん、お前が言うな」
「鈴原は?」

 生徒会長の顔になった緒方が倉木に問うと、倉木は肩を竦めた。

「終礼中。高1以下の終礼時間が最近、伸びてる気がする。中学組はお祈りまでいってたからもうすぐだろ」
「ふーん」

 何か考えだした緒方の前に行事予定表を広げてやり、なんとなく倉木の脛を蹴った。

「ってえ! 何すんだよ!」
「蹴った」
「いや、あっさり言われても!}
「じゃあ、何を言えと?」

 集中モードに入った緒方には聞こえていないとわかっているので安心して大声で騒げる。
 くだらない、と名賀は思う。
 思うが、これもまた名賀にとって必要な時間であることも自覚している。

「とりあえず謝れよ!」
「ごめんなさーい。はい、満足?」
「ふ・ざ・け・る・な! ってえ!」
「先輩方、うるさいです」

 中学総務の東が鞄を倉木の肩に落とす。置き勉しない東の鞄だ、きっと重たくて痛いに違いない。ナイスだ、東。
 一緒に来たのであろう中学副会長の御厨は緒方の隣に腰掛け、行事予定表を見つめている。きっと、緒方の思考をトレースしようとしているのだろう。

「志藤は?」
「トイレです」

 いつもならここにいるもうひとりの姿が見えない。
 名賀が御厨に訊くと同時に答えが返ってきた。御厨はこの部屋に入ってから一度も名賀を見ていないが気配を感じたのだろう。

 頭の回転はきっと速いのだろうが、もっと速い人間を知っているために感動は薄い。

「じゃあ、最後は鈴原か」

 頬杖を突いた倉木が溜め息混じりに言い、名賀は頷き立ちあがるとなぜか倉木もそれに倣う。
 話し合いを始める前に生徒会執行部顧問の田中と副顧問の黒川を呼んでこなくてはならない。

 忙しい教師たちの拘束時間を短くするために緒方が提案を出し、交代で顧問を呼びに行くことになっている。
 今日は先に高校総務の鈴原を迎えに行かなくてはならないが。

「あ、先輩方。遅れてすみません」
「今から、呼びにいってくる」
「あ、はい。では、また後で」

 そう名賀が考えていると、廊下の先から鈴原がやってくる。
 頷き黙り込んだ名賀の代わりに倉木が言葉を添えた。余計なことを。

「余計か?」
「声に出てた?」
「いや」
「……なんだかんだ言って、お前が一番甘やかしてるじゃないか」
「まあな」

 決まっているわけではないが、例年は高2と中3で構成される中高生徒会執行部に今年は高1の鈴原がいる。
 面倒臭がりのくせに心配りの細やかな倉木は悪態吐きつつたったひとりの高1の面倒をよくみてやっていた。
 しかしかなりえげつないことも言っているので鈴原本人が倉木の優しさに気が付いているかどうかはかなり疑わしい。

「苦労性」
「うっさい馬鹿」

 中3、高1と同じクラスだったときには名賀も随分、倉木に助けられた。
 倉木本人はなかなか認めないが。

「ひとりってのは、寂しいんだよ」

 ぼそりと倉木が呟く。

「ひとりが好きな人間もいるってわかってっけど」
「つまり、君がお節介なんだね」
「そうだよ、わりぃかよ」
「さあ。決めるのは鈴原だ」

 俺には関係ない。
 面倒なことなんて、緒方の恋人役ひとつで十分だ。


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