「俺は人生で100回、恋をする。君は記念すべきひとりめだ」
なんという自惚れ屋だと、聞いていた名賀暁は呆れてしまった。
しかし目の前のクラスメイトは名賀の冷たい視線など気にせず楽しそうに続ける。
「君、真司と付き合ってたんだって?でも大丈夫。俺は過去には干渉しないよ。だって今、君を愛しているのはこの俺だからね」
できれば、お近づきになりたくないタイプだ。
残念ながら彼とクラスメイトとなって2年が経過し3年目に突入。互いの性格はそれなりに知っている。
しかも、彼――草場悠太が進路変更をしない限りは卒業まで同じクラスということで。
沈黙を貫く名賀へ気障なウィンクを残して草場は生徒会室を去っていった。
「おい、暁。どういうことだ?」
問いかけてきた緒方真司はどうでもよさそうな響きの中に僅かに愉しさを滲ませている。
「さあ」
「まあ、お前は俺のものだからな。そこんとこ、よろしく」
ここにも手の掛かる我儘人間がひとり。
何も知らない人間が聞いたら確実に誤解する台詞を吐いて、生徒会長様はレジュメの束をホチキスで留めていく。
草場はひとつ、誤解をしている。
付き合っていた、ではない。
付き合わされているのだ。しかも恋愛的な意味ではなく、厄介事に。
受動態、現在形、状況把握は正確に。そこのところよろしく。
ふたりきりの生徒会室。
最初は物置だったというこの狭い部屋は、ふたりくらいがちょうどいい。
9人が揃ったら窮屈で仕方がない。
「ねえ、緒方」
「ん?」
「俺、いつまで君に付き合えばいいの?」
「……あいつの熱が冷めるまで」
「ふーん。どうせなら真朝を連れてこようか」
「断る!」
心なしか緒方の手が震えた気がする。いい気味だ。
「緒方」
「名賀高校副会長、手を動かせ。お前のノルマ、今日中に終わらんぞ」
「いいんだよ。いざとなったら倉木にやってもらう。――草場、いきなりどうしたんだろうねえ。さっきの台詞だと、俺が初恋ってことでしょ。この学園の体質を知ってて、しかも今更?」
「いつ誰を好きになるかなんてわからんぞ」
「確かにねえ。君が言うと説得力があるなあ」
名賀のノルマは減らない。
溜め息を吐きつつ、早々に終えた緒方がこちらの山へ手を伸ばす。
パチン。
パチン。
「手際、いいね」
「慣れたからな。暁」
「ん?」
「……悪い」
「いいよ、別に」
「お前が本当に悠太を好きなら」
「……どこでそう勘違いしたかな、君は」
綴じられる前の紙を手に取り、パチン。
ひとつはちゃんと、綴じたよ。俺ってばやさしー。
「俺は、誰にも興味はないの」
「名賀だけか」
「そ。真朝だけ」
名賀暁の双子の姉、名賀真朝は緒方真司の小学校時代のクラスメイトでもある。
それゆえ緒方は名賀を暁、真朝を名賀と呼ぶ。
名賀を名賀と呼ぶと真朝を思い出して泣きたくなるらしい。何があったのかは怖くて訊いていない。
「シスコン、気持ち悪い」
「あ、ホモに言われたくないな」」
「差別だぞ」
「シスコンも差別だよ」
「それは単なる事実だ。そしてそれに伴う感情」
「感情ねえ」
草場は、気持ち悪くなかったのだろうか。
男に、恋をして。