本気であなたに恋をする | ナノ

04.毒林檎は籠の中

しおり一覧

「私、結婚することにしたの」
 真朝が突然、そう言ったときに暁はふうん、と言っただけだった。
 暁の家のダイニングのソファに腰かけた真朝は呆気にとられたような顔をしているが、暁としては今更何があっても驚かない。
 朝陽が産まれて2年が経とうとしていた。
 暁と真朝は大学を卒業し社会人となり、朝陽は平日、保育園にいる。
 隠し事はうまくいかない、と緒方に言われ、悠太と別れたことも真朝には知らせてある。
 土曜の昼、朝陽は真朝に挨拶をさせてからお昼寝中だ。
「おめでとう。相手は?」
「西原智陽って言う人。大学の先輩。今度つれてくるね」
 そのときの暁は、動揺するというよりもうんざりした気分になった。
 まさかとは思うけれど。
「あの、それで暁に話があって」
 真剣な光を宿した姉の瞳に、暁は更にうんざりすることが起きることを確信した。
「なあに?」
 敢えて優しく訊くと真朝は怯んだように唇を引き結ぶ。それも僅か。
「朝陽のね、父親なの」
「――へえ。おもしろいね。西原さんはそのことをご存知なの?」
「ううん」
 自信なさげな姉の態度に、暁は段々と腹が立ってきた。
「真朝は、何が言いたいの」
「朝陽を返して」
 いったいなにが。
 あの聡明な姉をここまで愚鈍にしたのだろう。
「朝陽は、俺の子だよ。真朝はあの子の伯母。わかってる?」
「それでも、私の子だから」
 姉をここまでおかしくしてしまったのは、やはり暁なのだろうか。
「真朝」
「すぐには連れて帰らない。でも、いつかあの人と一緒に迎えに来る」
 真剣に見えた瞳の光は、狂気だったらしい。
「コーヒー、御馳走さま。帰るよ」
「そう。二度と来ないで」
 真朝は一度も振り返らなかった。
 たったひとりの肉親。

*前次#

back
MainTop

しおりを挟む
[52/55]


- ナノ -