02.硝子の棺は部屋の中
ひとりじゃここに帰れない。呑みこんだ暁の言葉がわかったのだろう、悠太は優しく頷き、車の鍵を片手に暁の体を玄関の外へ押し出した。
夜風が冷たい。
助手席に乗った暁へ一瞥もせず悠太は安全運転を守りながら飛ばすという器用なことをした。
今日は悠太の誕生日なのに。
理由も言わずに真朝のところへ向かう暁を責めることなく、暁の意思を優先してくれる。
沈黙が痛い。何かしゃべらなくてはと思うのに口が動かない。
脳裏を過ぎるのは2週間前に会った姉の姿。
両親が亡くなってすぐ、本来ならば暁も関わらなければならない面倒事を真朝は姉として一手に引き受けた。
寂しかったのだろう、と思う。
つらかったのだろうと思う。しかし暁自身に姉を慮る余裕がなく、悠太に溺れた。
両親は厳しい人たちだったから、暁も真朝も軽はずみなことはしなかった。もう、過去形だ。いなくなると、両親の存在がいかに抑止力となっていたかがわかる。
暁は瞳を強く閉じ、右手で両目を押さえた。
もし暁が真朝の隣にいたならば、きっとこんなことは起こらなかった――。
でも今更それを言ってどうなる。
「じゃあ、連絡を待ってるから」
そんな温かい言葉を背に、暁は車を飛び出した。
「真朝」
自室の窓から見えたのだろう、真朝が玄関まで迎えに来てくれていた。声を掛けると、彼女はにっこりと笑みを浮かべ、怖いくらいに落ち着いた表情に暁の肝が冷えた。
「おかえり」
「真朝、中に入ろう。体を冷やすとよくない」
「悠太くんを見送ってからね」
「……うん、そうだね」
姉とふたりの広い玄関で、悠太を振り返ると彼は小さく笑って手を振り、車を発進させた。
たったひとりで住むには広すぎる家に真朝を置き去りにして、暁は自身の幸せを優先してしまった。
真朝がコーヒーを準備してくれている間、暁は暖房を入れてリビングのソファに座りこむ。
時計は23時を示し、いったい何から話せばいいのかがわからない暁はコーヒーを手に取り、隣に座った真朝の横顔を眺める。