02.硝子の棺は部屋の中
名賀暁の双子の姉、真朝が妊娠した。
成人式の帰り道、両親が飲酒運転の事故に巻き込まれ亡くなってから半年。
暁と真朝は大学3年生になっていた。
ふたりには広すぎる家に帰ることがつらくなった暁は、両親の死後間もなく姉を置き去りにして、逃げるように親友の家に駆け込んだ。
誰でもいいから、縋りたかった。
たったひとりの家に残された真朝は何も言わなかったけれど。
寂しかったのだろうと思う。
「お帰り」
「ただいま」
悠太の家から帰宅した暁を出迎えてくれた姉はほっとしたように笑った。
「よかった。ちょっと買い物に行ってきて」
「はいはい」
悠太と別れたことは真朝には話してはいない。
暁が自分で決めたことで、真朝は知る必要のないことだ。
「朝陽、ただいま」
幸いにも真朝の腹部は目立たない。
そっとお腹の子に呼びかけると、切なさと幸福感と苦々しさに喉の奥が痛くなった。
「暁が父親らしくなってきてお姉さんは嬉しいです」
くすくすと笑いながら真朝が言う。
彼女から母親になる幸せを奪うのだと思うと多少罪悪感で胸が痛んだが、それも遠い未来を見据えれば間違った決断ではないと暁は信じている。
「俺、子どもができた。別れよう」
先程、悠太に告げた。
悠太は欠片ほども疑っていなかった。
多少はうろたえたり罵られたりするかと覚悟していたがそれもなかった。
そんなに信用がなかっただろうか、と暁は自身を振り返る。
もし泣きながら縋られていたら暁も思い留まったかもしれない。
――なんて。
ありえない、と暁は自嘲する。
この姉がこのままでいる以上、暁自身も幸せは捨てるしかない。
「メモ、ある?」
「うん。じゃあ、これをよろしく」
エコバックと買い物メモを手に近所のスーパーへ向かう。