本気であなたに恋をする | ナノ

01.真っ赤な林檎は籠の中

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 肩で息をしている暁はばつが悪そうに目を逸らし、ベビーカーの取っ手を意味もなく叩く。
「悪い、つい――」
 足元に落ちた包丁を彼が拾い、悠太に手渡す。
「悠太」
 真剣な表情だった。
「俺は今、死ぬわけにいかないんだ。父親としての責任がある。それ以前に、これは俺が望んだことだから。新しい命が欲しいと」
「俺と二股掛けても?」
「お前と別れた後に子どもができるとは限らないだろう。だから、子どもが確実にできてから別れようと思って」
 ここまでひどい男だっただろうか。
 眩暈がして崩れ落ちそうになる悠太を暁の腕が支えた。
「緒方の言った意味がわかったよ」
「どういうことかな」
「まだ暁のことが好きならやっちまえ。嫌いならやめとけ。緒方はそう言った」
「ふうん」
「きみには、俺が殺す価値すらないんだ」
 暁はなぜか嬉しそうに目を細めた。
「ならさあ、悠太」
「……なあに」
「今夜、俺と泊まらない?」
 呆れて絶句している悠太へ、再び彼の唇が重なる。

*****

 毒食わば皿までとばかりに久々に悠太を味わって、つい歯止めがきかなかった。
 蹴りあげられた股間は痛いけれども、なんだかもう充分だと暁はひとりでにやにやと笑う。
 この表情を姉に見られたら娘に会わせてもらえないに違いない。
 それどころか、家にも上げてもらえないかも。
 そうなったら、困る。
 悠太への未練は、これで断てると信じたい。

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