旅の途中 | ナノ

01.Platonic days

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 ケータイが、あいつからのメールを受信した。
 綻びそうになる頬を引き締め、無表情を繕い本文を確認する。内容はいつもと一緒、『今、電車乗ったよ。待っててね』。閉じて腕時計を確認、あと十分といったところか。
 ソファに寝転がり目を閉じると、寝たふりするまでもなく眠気が襲ってきてそんな自分に苦笑する間もなく意識が薄れていった。
 ――かちり、と玄関の内鍵を閉める音で目が覚めた。あいつの気配が近づいてきて真司の傍に佇む。
 撫でられる髪、頬に落とされる口づけ。あいつの気配が遠ざかる。
 水の流れる音、冷蔵庫を開ける気配、食器同士が小さくぶつかっているのが脳裏に浮かぶ。
 学生時代から続く、週末だけのささやかな幸せに胸が詰まって零れそうになる涙を乱暴に拭った。
 キッチンで夕食の支度をするあいつの背後に立つ。
「恭介」
 あいつを呼ぶ声は僅かに掠れていて、呼ばなきゃよかったと後悔していたらあいつが振り返った。
「こんばんは、真司。疲れてるなら寝てていいよ。あとで起こすから」
 真司のすべてを包み込むような柔らかい笑みを浮かべて。
 自分の胃の奥が軋むのを無視して、真司はソファに座りなおした。
 中学時代、向こうから告白してきたくせに妙に遠慮して遠ざかろうとしたあいつ。
 既に惹かれている自身の心に戸惑いながらも切れそうになる糸を必死で繋ぎとめて今に至るこの関係に、真司は恋人という名をつけられずにいる。
 緩い天然パーマに白い肌、みんなに好かれついたあだ名は『天使』なあいつが惚れてしまったのは見た目は普通、人との関係を断ち、敵ばかりで読書に没頭する面白みのない自分。
 あいつのせいで、あいつに惚れたわけじゃない。なのに、あいつはうわ言のように「真司、ごめん」と繰り返す。
 想いが通じ合い高校卒業後、一人暮らししていた真司のもとへ初めてあいつが泊まりに来た日。
 当然そういった行為に及ぶと覚悟し準備していたにも関わらず、あいつは指一本触れてこなかった。眠れぬ夜を過ごし、翌朝口論になった。
「性行為だけが愛情表現だと思いたくないんだ」
 真剣な表情で真司の罵詈雑言を聞いていたあいつは、静かに言った。
「そんなのがなくても愛されてるっていう実感を与えられない俺が悪い。――だけど、俺はまだ真司を抱けない」
「……なんで」
「俺が中学の時、真司に好きって言わなかったらこの関係はあり得ないから」
 遠のきそうになる意識を掴み、崩れ落ちそうになる体を壁で支えた。
 あいつが真司へ負い目を感じていることに、気づかなかったわけじゃない。
 真司も惹かれてしまったから、手放したくないと思ってしまったからこそ、あんなに遠回りしたのにこの期に及んで何を。
「真司に後悔させたくない」
「お前は後悔してるのか」
 頭ひとつ分、小さいあいつに抱きこまれた。
「真司。俺の独りよがりだ。愛してる。愛してるんだよ」
 耳元に寄せられた、呻くようなあいつの声に涙腺が緩んだ。
 胸板を叩き、抱き合って、声を殺してふたりで泣いた。
 こんなにもあいつが好きだと、どうやったら伝わるのかわからないまま七年が過ぎようとしている。
「真司。ご飯できたよ」

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