対立
廊下の向こうから悠然とこちらへ歩を進める篠村の姿が見えたとき、日向は思わず足を止めた。
日向にとっては先輩である篠村だが、篠村は日向を可愛がらなかったし、日向も篠村を慕わなかった。
つまり、お互いが苦手であると自他ともに認めていた。
すれ違う瞬間、篠村はちらりと日向を見た。
「久しぶり」
ただ、その一言。
そのまま篠村は日向から去っていく。
行く先はおそらく、共通の後輩のところ。
でなければこの場所にこの人がいるはずがない。
「あの、先輩っ」
思わず振り返って呼びとめた。
そしてすぐに後悔した。
ゆっくりと日向を捉えた瞳は、かつてないほどの憎悪に満ちていたから。
「――なに?」
さすがベースというしかない低音に日向の身が竦む。
「俺、急いでんだけど」
「すみません」
急いでいる男が、あれほどゆったりと歩くものか。
その思いを呑みこみ日向は無理やり笑う。
「やっぱり、なんでもないです」
「……そ」
篠村は興味なさそうに首を傾げ、再び歩き始めた。
日向はほっと息を吐く。
篠村を呼び止めて、いったい、何がしたかったというのだろうと自問自答するも答えは出ない。
『先輩方なんか、嫌いです』
ふいに耳に蘇った声は、昨日、自身が後輩からぶつけられたもの。
そして脳裏に浮かぶのは、今しがた出会ったばかりの篠村の鋭い眼光。
ああ、ずるい。
先輩も、あの後輩も。
篠村もかつて、あの後輩から同じ言葉をぶつけられ、しかし今の関係がある。
日向もまたぶつけられた言葉だが、同じ関係を築けるとはとうてい思えなかった。