08.家族の時間
ついいつもの調子で返し、罪悪感で涙が出そうになり、慌てて切る。
継いでの真司の悩みはキス。
何も知らない親友は朝陽のことを口にするが、今は朝陽の名を聞きたくなかった。
キスという些細なことで悩んでいられる真司が羨ましかった。
さらには、元恋人を忘れられないという、身勝手な悩み。
「お前、どうやって忘れた」
真司の問いに、緩みそうになる涙腺を溜め息で誤魔化す。
俺、今、忘れたいんだよ、緒方。
朝陽のことを忘れたい。
*****
草場悠太が同級生である緒方真司を見掛けたのはほんの偶然だった。
最後の別れを思えば悠太から声を掛けられるはずもなく、ただ眺めていた。
少しやつれた気がする。
新婚だろう、もっと幸せそうにしてよね。
なんて八つ当たりのように思いながら、その横顔に目を凝らす。
悠太と暁とは違って、幼い恋を貫いたはずの同級生が、なぜその従妹と結婚するに至ったのかなんて知らない。
ただ、恭介が真司の血縁者ではなく、真司が恭介の血縁者を選んだというところが、なんとも彼らの弱さを表している気がした。
そのまま眺めていると、愛に狂った魔女がお姫さまを引き連れているのが見えた。
あれ以上、醜くなりようもないと思っていたが、朝陽を引き渡したときよりさらに醜悪になっていた。
真朝も真司も朝陽も悠太には気づいていない。
悠太はそっとその場から離れた。
幸せなんて、他人がどうこう言うものではないと、しみじみ思う。
*****
「きみひどい顔してるよ」
真司が真朝と会ったらしく、押しかけてきた。
申し訳ない気持ちと、こんな親友を持てて幸せだという満足感で、我ながら呑気なことを言ってしまう。
「朝陽ちゃんは」
緒方、ごめんね。
「もう知ってるんでしょう」
「何も知らない。だから来た」
「真朝のとこだよ」
きみは優しいから、きっとすみれさんとだって、うまくやっていけるさ。