08.家族の時間
名賀暁にとって家族と言えるのは娘の朝陽だけだ。
双子の姉の真朝もいるが,名前を口にするどころか思い出すことさえ,気分が悪くなる。
真司とすみれの結婚式のとき,顔を合わせるのは仕方がない。
真司にとって恭介や暁が高校時代の友人であるように,すみれにとって真朝がそうであったから。
新婦側の親戚のところに座っていた恭介は途中から新郎側の友人である暁の傍に来た。
朝陽と遊んだり暁と過去の話をすることで,暁の気を紛らわそうとしてくれていた。
そのとき,気づくべきだった。
いや本当は知っていた。
姉が食い入るように朝陽を見ていたことに。
自分のことでいっぱいいっぱいだったはずの恭介が暁を気遣うほどに。
「緒方のおじさまのところに行きたい」
結婚式からそう日も経たないときに,朝陽がぐずった。
暁を見ては涙を零し,窓の外を見ては涙を零し,何かに怯えるようなその様子に異常さを感じた。
新婚の家に朝から電話する野暮さを知りながらも,結局,電話してしまった。
真司は承諾してくれたけど,暁の中では嫌な予感が膨らみ続けた。
真司の家で恭介に会ったとき,これが火種かと思ったがそれも違う。
「朝陽ちゃん,気にしてた」
「いつものことだよ」
控え目に心配を告げる真司に,人のことを心配している場合かと怒りさえ湧いてくる。その原因が本当は別だと気づいている。
朝陽が何を気にしていたか。
あの姉だ。
無意識のうちに忘却へ追いやろうとしていたが,原因はあの姉以外にあろうか。
愛娘ひとり守れないお父さんでごめんね。
心の内で呟き,朝陽の頬を撫でる。
「朝陽は俺の子だ」
今更,誰にも渡さない。
*****
真司の家に行った翌日か翌々日だったと思う。
暁のそのときの記憶は曖昧だ。
朝陽を保育園に迎えに行ったら,既に男が迎えにきたという。
――今日は誰にも頼んでいない。
血の気が引いた。
「あー……,えっと,義兄に頼んだんでした。ついうっかりしてまして」
「あれ,お兄さん? お友達って聞きましたよ。えっと,草場さん」
ありえない名前に,今度こそ背筋が凍った。