07.夫婦の時間
「急に,ごめん」
「……いや。すみれさんは」
「朝陽ちゃんの添い寝してる」
そんなことだろうとは思っていたが。
あいつが腰掛けたソファの向かいに座る。
真司の沈黙をどう思ったのか,疲れたようにあいつは続ける。
「朝陽ちゃんが,うちの近くをうろうろしててね。偶然なんだけど……。暁のところにつれていこうと思ったんだよ。だけど」
おじさま,お願い。
帰りたくないの。
お父さんには言わないで。
朝陽はあいつに縋ったという。
「勝手につれてきたのか」
「だって,暁に言わないでって」
「誘拐と間違えられたって文句言えないんだぞ」
「でも,俺から暁に連絡するよりはきみからの方がいいと思ったんだ」
「……いや,確かにそうだ」
困った。
今,朝陽は真朝のところにいる。
あいつから告げられた「帰りたくない」という朝陽の言葉に,後悔の念が湧く。
先日の朝陽の様子にただならぬものは感じていた。
真司も朝陽を真朝のところへは返したくない。
「朝陽ちゃんは,お父さんに言わないでって?」
「そう」
「他に何か言ってた?」
「別に何も。だって,抱っこしたらすぐに眠っちゃったんだもん」
「うちにつれてきてからは?」
「別に,本当に別に何もないよ」
じゃあ,決まりだ。
朝陽ちゃんにとって,お前はまだ「お父さん」。
「じゃあ,ちょっと,暁に掛ける」
数コールの先は,緊迫していた。
「悪いけど」
「うちにいる」
暁が息を呑んだ。
「何。またお節介?」
「なわけないだろう。あいつが見つけたんだよ。変わろうか?」
「うーん……。ねえ,悪いけど預かってくれない? 聞こえてると思うけど,真朝がちょっと,おかしくてさあー……」
電話の向こう側に,幼馴染の泣き叫ぶ声が聞こえた。