06.5週目
「きみ,勝手すぎるよ。そもそもきみが原因なのに。忘れた?」
唐突にこの家の違和感に気づいた。
朝陽の声がしない。
他人の家でさえそうなのだ。
自分の家だったら,尚更,失くしたものが圧し掛かる。
「俺だって今日,デートなんだよ」
「お前こそそれでいいのか」
「きみよりよっぽど真っ当な生き方さ」
「お前らしくもない。人と比較するなんて」
「そうだね」
暁は緩く笑った。
「すみれさんのところに,帰りなよ」
「……帰れない。俺,今日――」
彼女を抱くかもしれないとは,さすがの幼馴染にも言えなかった。
「また何かしたの」
「いや,これから……するかもしれない」
「あのさあ,緒方。あまり言いたくないけど。きみ,ここで諦めたら,すみれさんだけじゃなくて樋山まで失うよ」
「何を,今更……」
「いいのかな,そんなこと言って。なんですみれさんを選んだのか。きみ自身がわかってるくせに」
「もう……耐えられない」
「そんなの許されると思う?」
暁の声が空虚になり,真司は目を伏せた。
「俺ね,置いてきたんだよ」
顔は見えないが,きっとにこにこして暁は言う。
「置いてきたの。悠太を。だからね,朝陽はちゃんとお別れしてきた。最初はつらいけどね,どうでもよくなるんだよ。そんなこと」
わかっている。
この幼馴染に比べて,いかに安穏とした人生を送っているか。
「だからね,緒方。俺は,ずっときみの味方でいるから。今日は,すみれさんと一緒にいて」
たとえばここで暁に駄々を捏ねたとしても,結局は許してくれる。
わかっているからこそ,もう我儘をいう気にはなれず,真司は一度,頷いた。
「じゃあ,送っていくよ」
車の中で,すみれに電話させられた。
今から戻ると告げたとき,彼女は力なく「わかった」と言って笑った。
家の前に着くとすみれが立っていた。
「暁くんもあがる?」
「いや,僕は帰ります」