05.4週目
自分が悩むのが馬鹿馬鹿しく感じられる。
「すみれさん,子どもは作らないとできないんですよ」
「そう,それが問題」
大真面目に言うと,彼女も真剣に頷く。
わかっている。
これはただのままごと。
なんとなく彼女の手を握った。
彼女が固まったので,慌てて手を離した。
「ごめん,すみれさん」
「ううん,いいの。驚いただけ」
無理に彼女に向き合うことは,たぶんできない。
いつか気が向いたら,なんて言ってたら,いつまで経っても向き合えない。
「すみれさん,手を握ってもいいかな」
今,真司に言えるのはそれだけだ。
*****
帰宅すると,すみれとパンフレットを見るのが日課となりつつある。
どれほど働けばこんなにお金が貯まるのだろうかとため息がでるのもいつものこと。
そう考えると同時に,現在の家賃が勿体なく感じられる。
あいつと過ごした年月も。
「どう,見に行ってみる?」
「財布と相談させて」
「別に,すぐ買わなくてもいいじゃない」
くすくすと彼女が笑う。
彼女は知っているのだろうか。
今,彼女がいる位置にあいつがいたこと。
テーブル,椅子,カーテン,食器,それだけでは収まらない。
あいつが目で追うものを,真司が選んだ。
ここにあいつの思い出すべてを置いていけるのか。
あいつは,真司の人生の半分以上を占めるというのに。
「真司さん?」
あいつそっくりの瞳が真司を覗き込む。
でもこれはすみれだ。
彼女だけは,真司が選んだ。
「すみれさんは,どれがいいと思うの」
「え,値段気にしなくてもいい?」
真顔での答えに笑った。
すみれさん,ごめん。
謝ってばかりでごめん。