05.4週目
あいつの名前を呼んでしまいそうな自分が嫌だ。
布団越しに,彼女がショックを受けているのを感じる。
でも,構わない。
彼女とあいつは違うから。
傷つけても構わない。
「……おやすみ。手を握って,ごめんね」
すみれさん,ごめん。
*****
朝,自分を見つめる視線で目が覚めた。
「おはよう」
どこかぎこちない笑顔。
「引っ越そう」
「え?」
朝の挨拶でもなく,昨晩の謝罪でもなく,口にした真司自身が驚いた。
でも,なかなかいい案じゃないか。
「引っ越そう,すみれさん」
彼女の目を見つめて言えば,今度こそ綺麗に笑った。
「そうね。そうしましょ」
「すみれさんが探して」
「あら,一緒に探すのよ」
何も訊かずに,彼女は言った。
「でも,先に見てくるね」
*****
帰宅すると,積みあがったパンフレットが目に入る。
「ありがとう,すみれさん」
「どういたしまして。お帰りなさい,真司さん」
「ただいま」
どことなく高揚した雰囲気に,真司は自分の決断が正しかったと胸を撫でおろした。
あいつの気配が真司を苛む家は,あいつを縛り付けた己への罰だと思っていた。
その痛みも受け入れるつもりでいた。
あいつに捨てられてもなお,彼女と一緒になってもまだ。
あいつと彼女が似ていることは言い訳にはならない。だって真司が選んだ。
だけどすみれさん。
「どうして戸建てばっかりなのか」
「だって,子どもができたら手狭でしょう?」
何かをする前からそんなことは想定していないのに,彼女はかわいらしく首を傾げる。