家族になるまで | ナノ

04.3週目

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 そういえば感情の起伏だって,ここ最近なかったことだ。
 喜びとか安らぎではなく,常に何かに突き動かされて。
 今日はたまたま真朝に怒り,暁に絶望し,すみれに諦めているだけだ。
 あいつだけが,真司の感情すべてをもっている。
「もう,しないから。ちゃんと連絡するから。すみれさん」
 幼子のように拙く告げて,名前を呼んだ。
「うん,わかった」
 心細そうな返事に,真司は後悔した。
「すみれさん」
「うん」
「女の人は,柔らかいし,いい匂いがすると思う」
「うん」
「だけど,俺はすみれさんしか知らないから。すみれさんが柔らかくていい匂いがするのかそれとも女の人はみんなそうなのかわからない」
 途端に凍りついたすみれの表情を見て,慌てて付け足す。
「俺は,すみれさんだけ知ればいい」
「別に,いいの」
 間髪いれずに返ってきた声に真司は戸惑った。
「私が死んだ後は,誰と一緒になっても構わない。だけど私が生きているうちは,私を見てくれたら嬉しいな」
 どうしてどいつもこいつも遺言めいたことばかり言うのか。
「すみれさん,俺を置いていかないで」
「当たり前でしょ。女の方が長生きなんだから。ちゃんと真司さん看取るわ」
 不安に駆られ思わず口を突いた言葉に対して現実的な回答。
「じゃあ,俺は愛想尽かされないように努力しないと」
「そうだよ。それに,今のままの真司さんを好きになるの,だめなんでしょ?」
「そうだった」
 その晩,真司はすみれを抱きしめて眠った。
 蹴られて目覚めることもなく,朝を迎えた。


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