家族になるまで | ナノ

03.2週目

しおり一覧

 誤魔化された振りをしているすみれも,振りに気づかれたことに気づいているあいつも見ていられなくて,真司は自室に逃げた。
 布団を敷き,寝転がる。眠れそうで,眠れない。
「真司さん,大丈夫?」
 彼女が入ってきたで上半身を起こして軽く頷く。
「ふふ。よかった。恭ちゃんがね,作ってくれたよ。私も一緒に作ったの」
 そう,よかったな。って言いたいのに,口が動かない。
 近づく体と,すみれ越しのあいつの匂い。
 目の前にいるのはすみれなのに。
 そして真司はすみれに唇を重ねた。
 彼女の腕が,怖々と真司に絡む。
 大丈夫。彼女とキスだってできる。と冷静に判断していると耳が足音を拾った。
 近づき,足音が遠ざかる。
 すみれはぎゅっと目を閉じたまま,うん,かわいい。
 そろそろ解放したほうがいいか。
 固く閉じられた瞳はそのまま,すみれは言う。
「私ね,恋したことないの」
 恥じ入るような囁きのような声は,真司の胸にも迫るものがある。
「でも,今,すっごくどきどきしてる」
「酸欠じゃないかな」
 我ながらデリカシーのない答えだ。
 しかし彼女は瞼を上げ,悪戯っぽく笑っている。
「戻りましょ。恭ちゃんが待ってる」
 リビングに二人で戻れば,あいつはにこっと笑う。
 何も訊かない。そういうところも好きだった。
 ――過去形。
 俺って,最低だ。
 せっかくの夕飯は味がしなかった。

*****

 ひとりで帰るというあいつを車で送っていった。
 今度こそ道中は無言。
 あいつを降ろして,窓を下げる。
「あのね,真司」
 ドアに手を置き,あいつは言う。
「幸せになってね。すみれちゃんを幸せにするだけじゃなくて,きみも。きみも,幸せになって」
『俺は真司に幸せになってもらいたいの』
 かつても聞いた,まるで遺言めいた縋るような響きに耳を塞ぎたくなる。


*前次#

back
MainTop

しおりを挟む
[30/79]


- ナノ -