03.2週目
だけど、真司はそんな自分を捨てたかった。
すみれの恐れが、恋愛経験がないことによるものならば、やり直せると思った。
――暁に言われるまでもなく、わかっている。
あいつの面影を置きたくて彼女と結婚した。
あいつのことを忘れたくて彼女を抱こうとした。
彼女の恐怖を口実に、自身の恐怖から目を逸らした。
そのくせ愛を乞う。
自分勝手にも程があると真司は猛省する。
あいつへの恋情をすぐに捨て去ることなどできない。
その前提を無視した自分は愚かだった。
だけどもう、始まってしまったのだ。
「すみれさんが俺のことをつい目で追ったり、何かをしている最中、俺のことを思い出すような男になる、から」
自惚れは自覚している。彼女に、惚れろと強要しているのだ。
自分があいつを思う瞬間の幸福の記憶は今もなお真司を苦しめる。
だけど、自分があいつを思う瞬間の幸福は何物にも代えがたいほど、真司を守ってきた。
愛することも、愛されることも、自分が伴侶として巻き込んでしまった女性に知ってほしい。
それが自己満足であり、罪滅ぼしにならないことは知っている。
決して強要できるものではないことも知っている。
泣きやむ気配のないすみれに、真司は途方に暮れた。
「悪かった」
「期限は、守るから」
彼女の食いしばっていた歯の間から、言葉が漏れた。
それが何を指すのかわからず、理解した瞬間に慌てて返す。
「別に無理しなくても」
彼女が首を横に振る。
「嫌。期限は、守るよ」
「あのな、すみれさん。義務で体を繋げるの、俺は嫌なんだが。すみれさんは義務で、俺とするのか?」
さすがに真司も怒りを露わにすると、すみれは押し黙った。
迷った素振りを見せ,溜め息と共に告げられた。
「だからって、今更、愛せない」
「今から、愛せばいいんだろう」
「真司さんが無理に努力して、その真司さんを好きになるの?」
「そう。申し訳ないけど、今のままの俺でいいって受け入れてくれるすみれさんは、嫌だ」
すみれが真司に背を向けた。
真司は、どのように声を掛ければいいかわからなかった。
そして彼女の隣で眠った。