家族になるまで | ナノ

03.2週目

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「俺は嬉しいよ。きみの変化が。きみ、いっつも追い詰められてた」
「そんなに忙しくは」
「そうじゃないよ緒方。いつ樋山に捨てられるんだろうって、ずっと怯えていたでしょう」
 探り当てられた気がして、息が詰まった。
「きみは解放された。すみれさんとの道を探し始めてる。だってきみ、樋山のことでこんなに俺に相談しなかったよ」
「……あのときは迷わなかった」
「だから、時間ができたんだ。振り返る時間も、考える時間もね」
「暁、毎日ありがとう」
「どういたしまして」
「切るぞ」
「うん」
「……切るからな」
「おやすみ、緒方」
 笑みを含んだ声と共に、通話は切れた。
 テーブルに携帯電話を置き、頬杖を突いて考える。
 明日は彼女に向き合おう。
 そういえばいつもこの時間は何をしていたのだったか。
 この一週間、彼女が寝て、手が離れたときには暁に電話したこの時間。
 その時間は、何に充てたものだったか。
 あいつといる頃は勉強、勉強、勉強。
 それ以外の時間は、あいつのこと。
 共にいるときも、そうでないときも。
 この音楽はあいつが好きそう。
 この作家、あいつ好きだったな。
 これはあいつが好みそう。
 これは俺が見たい。誘ってみるか。
 別れの日に向けた準備を意識するようになったのは、いつだったか。
 暁と共犯者になった日、胸の奥に刻んだ覚悟は容易く消える。
 俺だって、幸せになりたい。
 この人生の半分以上の時間は、あいつと出会ってからの時間。
 すみれと共にあってもなお、あいつのことに囚われる時間。
 それが幸福だと、手放せないと思った。
 いずれ自分があいつに捨てられることも、わかっていた。
 すみれとあいつは、顔が似ている。
 雰囲気はおっとりしたところが似ている。
 中身はすみれの方が好戦的。どちらかというとあいつは間が抜けている。
 あいつと共にいるときは何をしていたのだったか。
 その背を眺めたり、隣で読書に励んだり、何かについて沈思したり。
 隣を離れる瞬間、ついその背を目で追ってしまう、その時間が好きだった。


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