01.初夜
彼女が突然、目を開いた。天井を睨み据えたまま彼女は言う。
「あのね、真司さん。怖くないかと問われたら、怖いよ」
それが昨夜のことを指していることは明白だった。
「わかってる。だから別に、無理しなくても」
「いーや! 避けては通れない! いずれはしないといけないでしょ?」
「いけないってことはないと思うけど?」
「だからね」
彼女はにやりとどす黒い笑みを浮かべる。
「アダルトビデオ、見てみようよ。勉強するの」
真司は思わず噴き出した。
「あの、いや、なんていうかそこまでは、というか、本能に任せてというか」
「それだったらいつまで経っても無理だと思う」
真顔できっぱりと断言する彼女を押し倒せない自分に少々情けない思いを抱きつつ、そのことによって彼女の恐怖心が薄れるならばと――。
*****
甘かった。
遅い朝食を取り、レンタルショップでDVDを借りたのが4時間前。
意を決してDVDプレイヤーにソレを送りこんだのが30分前。
すみれは真剣な顔をして、なにやらメモを取りながら頷いている。
そんな彼女を横目に真司はこっそり溜息を吐く。
こういうとこ、やっぱ血の繋がりが関係するのか。
「だいたいアダルトビデオは虚構の世界だから教材になりえない。女性の人権だって無視してる」
喘ぎ声にうんざりした真司が言ったときの彼女の呆れた目と言ったら。
「それ、私が言うならわかるけど。真司さんは興奮しないの?」
「しない。というか、そもそもこんなの見たことがない。今日が初めて」
「それって逆に不健全な気がする」
「じゃあすみれさんは見たことあるの?」
「ないけどさあ。興味がないわけじゃないよ。ね、ポイントっぽいところメモしたんだけど。喘いだ方がいい?」
「……いや、それ以前の問題だと思う」
少なくとも恐怖心は薄れたに違いないと確信した真司を余所に、彼女はご満悦でメモを眺めている。
男子校出身と女子校出身、童貞と処女の組合せはなにかとよろしくない。
自分の子は共学に入れよう、と堅く決意する真司は、未来の我が子たちが自分たちの母校に入学することを知らない。
「真司さん、ごめんね」
姿勢を正した彼女が神妙に謝る。