In front of you.
連れて行かれたのは、観客席だった。
志岐と紅葉以外、誰もいない。
なぜか、隣に紅葉が座る。
「あ、見る?」と渡された進行表では、紅葉のリハは10時からだった。
「……紅葉」
「ごめん、謀った。だって、クリコン以来、秀ちゃんの音、聴いてなくて。お願い」
「いいよ、もう。来ちゃったし出るの寒いし」
「防音室、交代で使ってて、秀ちゃんは俺の音、聴いてくれてたんだけど。俺は入れてもらえなくて……」
「もう、いいから」
下手から秀が出てきた。落ち着いた微笑を浮かべており、相変わらず外面は良い。
志岐と一瞬、目が合ったが、それが崩れることはなかった。
アナウンスの後に、グランドピアノにスタンバイする秀の横顔が見える。