In front of you.
それが秀に向けたものか、志岐に向けたものかはわからない。
コンクールやコンサート前は、紅葉が秀の家に泊まりこみ、ふたりで連日練習をする。
だから、秀が紅葉を回収することはおかしくない。
公園の舞台から、次の団体の演奏するへたくそなクリスマス・メドレーが流れてくる。
人数で押した、技巧姓のないひどい音が志岐の耳を刺す。
しかし、今込み上げるこの嘔吐感は、演奏のせいではない。
近所の本屋のトイレに駆け込み、思い切り吐いた。
間に合ったことにほっとすると、涙が2、3滴落ちた。
「……っ」
歯を食いしばっても、一度出ると涙は止まらない。
これは、悔し涙だ。