In front of you.
落ち込んでしまった紅葉へ投げかけた言葉は嘘ではない。
紅葉の音も、秀の音も好きだ。
好き、だけど。
「いつから?」
秀のことが、だめになってしまった。
志岐ですら、原因がわからない。
「クリコン準備のちょっと前」
「ひと月も我慢してたの」
「我慢ってわけじゃない」
本当は、我慢すらしてなかった。
今度の俺はちゃんと逃げたよ、と言おうとして、喉が凍った。
ぞわりと、皮膚が粟立つ。
咄嗟に逸らした目を前に向けると秀がいて、軽蔑しきった冷たい瞳で志岐を射抜いていた。
恐怖のあまり睨み返すこともできないうちに、秀は紅葉の腕を掴み、振り返らず去っていく。
紅葉がごめんと言うのが聞こえた。