In front of you.
断る正当な理由がない。秀とは口をきかなければいいだけだ。
そう決意を固め、もうひとりのピアニストを探すが見当たらない。
「秀は?」
「メトロノーム買ってから帰るって。もう行っちゃった」
「ふうん」
「秀ちゃんを待つ?」
「いや、帰ろう」
紅葉には感情を取り繕う必要がない。
嫌悪を剥き出しにしたまま返事をすると、紅葉が傷ついたように目を伏せる。
「ねえ、どうして?」
「なにが」
「志岐ちゃん。俺が気にしたらおかしい?」
紅葉の声が硬い。
志岐は少し、申し訳なく思う。
ふたりに隠せるとは思っていなかったが、いざ訊かれると困ってしまう。