In front of you.
穏やかを自負している志岐にとってこんなことは、人生で初めてで、対処法がまったくわからない。
お陰で声も安定せず、先日の声楽の練習では、師事している声楽家に「しばらく来るな」と言われてしまった。
自己防衛のために、志岐は意識的に秀から離れようとした。
そして、幸か不幸か、クリスマス、ニューイヤーコンサートに向けた練習のために秀も紅葉も忙しく、本人たちへも周囲へも怪しまれることなく離れる時間ができてしまった。
もう、2週間になる。
まともに口をきいていないのだ。
一緒にいたら苛立つくせに、会わないと寂しさを感じる自分に腹が立ち、志岐は必要以上に秀を避けるようになった。
秀は志岐のただならぬよそよそしさを感じ取ったのだろう。彼の視線に、常にない棘が含まれていたと思うのは、被害妄想だろうか。