In front of you.
無理矢理温められ、ぬるくなった紅葉の手から渡されたのは、すでに熱を持った懐炉だった。
「ありがとう」
素直に礼を言って受け取ると、紅葉がちらりと舞台を見る。
「じゃあ、お願い」
「わかってる」
ポケットから取り出し、志岐へ振る手にも懐炉が握られている。
擦れ違う人々の視線を集めながら、紅葉は去っていった。
その背を見送り、志岐もポケットからもらったばかりの懐炉を出して、まじまじと見つめる。
不織布が哀れなほどクタクタになっており、いかに必死で揉まれたかがわかる。
冷え切った頬に懐炉を当てたとき、強いまなざしを感じた。
「やだなぁ」