旅の終わり | ナノ

愛の形

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 瑞樹の年子の弟、柚葉はなぜか、苦々しい笑みを浮かべていた、
 しかし、瑞樹も秋一もそれに気づくことはなかった。

*****

 岸本柚葉は困っていた。
 柚葉は兄に間違われ、兄の恋人が縋りついて離れようとしない。
 確かに、一度は欲しいと思った人。
 だけど、こんな形で手に入れたかったわけではない。
 兄の恋人は、兄の死を受け入れられなかった。
 葬式のときまで平然としていた。
 瑞樹と柚葉の両親に罵られても、かつての無表情を崩さなかった。
 だからいつか、兄のいない生活に慣れると思っていた。
「瑞樹は僕の傍にいるよな」
 兄を失ったことを覚えていないはずの、秋一は柚葉へ何度も訊ねる。
 柚葉は曖昧に笑って頷き、秋一を腕の中に包む。
 ふと、兄の声を聞いた気がした。
 思わず部屋を見渡すが、もちろん兄がいるわけもない。兄はもう、骨になってしまった。
 秋一が動かなくなったことを不審に思った柚葉が顔を覗き込むと、秋一は眠っていた。
 起こさないようにそっと引きはがし、柚葉は自分のためにコーヒーを淹れる。
 ぼんやりと考えるのは兄ではなく、甥のことだ。
 ミズキという、兄と同じ音を持つ、妹と兄の幼馴染の子ども。
 駆け落ち同然に籍を入れて以来、初めて出会った妹夫婦はどこかちぐはぐだった。
 妹の夫が記憶を失っていることが大きいのだと思う。
 柚葉よりも一学年上のはずの妹の夫は、ひどく幼い雰囲気で、そのくせどこか諦めたような顔をしていた。
「瑞樹」
 目を覚ましたらしい秋一が不安げに兄を呼ぶ。
 兄の名を口にしながら、柚葉に手を伸ばす。
「どうしたの、秋一」
 きっと、兄と同じ笑みを浮かべて。
 きっと、兄が口にしたであろう言葉を唇に乗せて。
 柚葉は今日も、自らを欺く。



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