愛の形
瑞樹の年子の弟、柚葉はなぜか、苦々しい笑みを浮かべていた、
しかし、瑞樹も秋一もそれに気づくことはなかった。
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岸本柚葉は困っていた。
柚葉は兄に間違われ、兄の恋人が縋りついて離れようとしない。
確かに、一度は欲しいと思った人。
だけど、こんな形で手に入れたかったわけではない。
兄の恋人は、兄の死を受け入れられなかった。
葬式のときまで平然としていた。
瑞樹と柚葉の両親に罵られても、かつての無表情を崩さなかった。
だからいつか、兄のいない生活に慣れると思っていた。
「瑞樹は僕の傍にいるよな」
兄を失ったことを覚えていないはずの、秋一は柚葉へ何度も訊ねる。
柚葉は曖昧に笑って頷き、秋一を腕の中に包む。
ふと、兄の声を聞いた気がした。
思わず部屋を見渡すが、もちろん兄がいるわけもない。兄はもう、骨になってしまった。
秋一が動かなくなったことを不審に思った柚葉が顔を覗き込むと、秋一は眠っていた。
起こさないようにそっと引きはがし、柚葉は自分のためにコーヒーを淹れる。
ぼんやりと考えるのは兄ではなく、甥のことだ。
ミズキという、兄と同じ音を持つ、妹と兄の幼馴染の子ども。
駆け落ち同然に籍を入れて以来、初めて出会った妹夫婦はどこかちぐはぐだった。
妹の夫が記憶を失っていることが大きいのだと思う。
柚葉よりも一学年上のはずの妹の夫は、ひどく幼い雰囲気で、そのくせどこか諦めたような顔をしていた。
「瑞樹」
目を覚ましたらしい秋一が不安げに兄を呼ぶ。
兄の名を口にしながら、柚葉に手を伸ばす。
「どうしたの、秋一」
きっと、兄と同じ笑みを浮かべて。
きっと、兄が口にしたであろう言葉を唇に乗せて。
柚葉は今日も、自らを欺く。