愛の形
続けられたすみれの言葉に不穏なものを感じ、恭介は思わずすみれに縋ろうとするが、すみれは再び後ずさり、掴むことは叶わなかった。
「じゃあ、恭ちゃん。また……いつか」
すみれが、恭介から遠のいていく。
「待って。――待って、置いていかないで!」
すみれは遠ざかる。
恭介の足は動かない。
「待ってよ、すみれちゃん! 俺を! 俺を連れてって!」
『恭ちゃん』
もう微かにしか聞こえない声に、恭介は泣いた。
すみれを失ったことを、思い出したのだ。
そして、恭介は現実の世界へ目覚めた。
緒方真司と出会う前の記憶だけを持って。
楽しかった頃だけの記憶を持って。
その日から、樋山恭介の一部が欠けた。
記憶という、人生の足跡が欠けたまま、恭介は生きた。
今から三年前の話だ。
*****
岸本瑞樹はかつて、岸本秋一を拒んだ。
秋一の幸せを願って。
秋一も快諾したように見えた。
結果として、瑞樹の眼は節穴だったことになる。
秋一も瑞樹も、互いに寄り添って生きることで幸せを掴んだのだから。
「って思ってたのは俺だけかー」
その光景を見た瑞樹は嘆息する。
心なしか、疲労がどっと押し寄せた気がする。
体は既にないのだから、ようするに疲労を知覚しただけなのだろうけれども。
――秋一が、瑞樹の弟にべったりとくっついていた。
瑞樹に甘えるのと同じように。
むしろ、瑞樹に甘える以上に。
「どういうことかな、これ」
瑞樹の茫然とした呟きは、秋一には届かない。