愛の形
「十分すぎるよ」
何を言葉にすればいいかわからない葵の胸で、十字架が揺れる。
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緒方葵の父と名賀朝陽の父は昔、恋人同士だったらしい。
葵はまさかと思う反面、ふたりの互いへの依存を見たら納得するところがある。
それを葵が朝陽に言うと、彼女は心底軽蔑したように葵を睨むのだけれど。
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緒方真司が自身を責めない日はない。
若気の至りで樋山恭介にプロポーズしたこと。
恭介が身を引いたとき、自棄になってすみれと一緒になったこと。
すみれと子どもを作ったこと。
すみれの死後、恭介を縛り付けたこと。
すみれの――恭介の面影を残す葵につらく当たること。
今日こそは、今日こそは。
そう思いつつ、恭介に暴力を振るうことを止められなかった。
恭介は一度、自由になった。
自ら鳥かごに飛び込もうとした恭介を、神が、本当に自由にした。
真司はあの事故をそう思うことにしている。
一命は取り留めた。
一命は、取り留めた。
(記憶と引き換えに)
すみれと異なり、恭介は生きている。
(喜ぶべきなのだろう)
しかし、真司は思うのだ。
恭介と真司の関係を見かねたすみれが、恭介の鎖を解いたのではないかと。
その代わり、真司を鎖に繋いだ。
永遠の罰を与えるために。
すみれと恭介は、仲が良かった。
真司は毎朝、起きると絶望する。
恭介が「真司」を知らない世界が始まる。