愛の形
「死のうと思って死んだわけじゃない」
「俺だってそうだよ。――ねえ、もう行っていい?」
すみれの従兄の幼馴染、瑞樹はひらりと手を振り、何もない場所へ駆けようとする。
すみれはその腕をギリギリと掴んだ。
「あのね、瑞樹くん。自分だけ逃げようなんて甘い」
「すみれちゃん、きみが残るのは勝手だよ。俺は止めないけど、巻き込まないで」
「瑞樹くん」
すみれは無視し、じいっと瑞樹の瞳を覗き込む。
「恭ちゃんは、私を愛してくれたかな」
誰にも訊けずにいた想いと共に、すみれの瞳から涙が零れた。
――驚いたことに、瑞樹の瞳からも。
「……すみれちゃんは?」
瑞樹の記憶の中の幼馴染とそっくりな顔に、瑞樹は怯みつつ問い返した。
俺が答えるべきことではない。
だけど、誰でもいいから、言ってほしい言葉がある。
「恭介も緒方も、『すみれ』を愛したんだよ。誰の代わりでもなく。すみれちゃんは? 恭介の代わりに、恭介の好きな人を掴んだ?」
躊躇うことなく、すみれは頷いた。
でもね。――すみれは囁く。
言い訳ぐらい、させて、瑞樹くん。
最初は、お互い、目の前の相手を見ていなかった。
――最初だけ、なの。
我が子を抱いた真司を見たとき、意地を張っていた自分が、どこにもいなくなって、そして、一緒に生きていこうと思ったの。
「信じて」
すみれの掠れた声に、瑞樹は顔を覆った。
ほんの一瞬、自身の罪と幼馴染の罪を、秤にかけてしまった。
瑞樹は心の中で、言い訳をする。
俺は、俺と秋一は、誰も巻き込んではいないと。
生きた証を残さず、最後まで、自分たちだけで生きたと。
だから、罪は、ないはずだ。
愛する者を愛した。
――罪深いはずが、ない。
俺は、間違ってない。