愛の形
『茜ちゃんと薫くんには内緒ですよ』
そう言って、恭介は葵に笑ったのだ。
葵が意味もなく泣きたくなるくらい、優しい眼差しで。
恭介の見せる笑みの理由が、今の葵ならわかる。
「俺は巻き込まれたわけじゃないよ、朝陽」
再度伝えると、朝陽は葵からつらそうに目を逸らした。
葵もまた朝陽から視線をずらし、そして腕時計を見た。
*****
緒方葵の弟、緒方薫が帰宅したとき、どの部屋にも明かりはなかった。
父と姉がいないのは慣れているが、薫と茜が第一な兄、葵がいないのは滅多にないことで、薫はなんとなく不安を覚えた。
とりあえず母の遺影に無事の帰宅を告げ(幼い頃、恭介に躾けられた)、スマートフォンを操作し兄に連絡を取ろうとして、やめた。
薫はいつまでも葵の庇護を必要とする幼い子どもではないし、葵もまた用事があるだろう。
今まで薫よりも帰宅が早かったほうが、ありえない話だったのだ。
「……ッ!」
スマホがメールの着信を告げる。
ひとりきりの静かな部屋に響いたそれに驚き、思わず息を呑んだ薫に構うことなく、スマホは静かになった。
差出人は、兄。
『今日のご飯は、茜ちゃんと食べてね』
どういうことだろう。
外で食べてくるということか。
しかし、あの兄に外食のできる友人がいるとも思えない。
我儘であるにも関わらず人気者だった葵は、茜と薫のために、ある時期からすべてを捨ててしまったからだ。
「薫! いるっ!?」
玄関の扉が開く気配よりも先に、姉の焦った怒鳴り声が聞こえてきた。
「いる……けど」
おずおずと玄関に顔を出せば、姉が力尽きたようにへたり込んだ。
息を切らし俯いたまま、茜は薫へ問いかける。
「葵くんは?」